集広舎の本

アキとカズ──遥かなる祖国

アキとカズ──遥かなる祖国
書名/アキとカズ
副題/遥かなる祖国

発行日/2015年08月
著 者/喜多 由浩
発 行/集広舎
四六判/392頁/並製
定 価/1,500円+税

アマゾンで購入

 

■解説
昭和元(1926)年生まれの双子の姉妹を主人公にした『アキとカズ遥かなる祖国』は2人の物語を通して激動の昭和史を描いている。現在、ヤマ場を迎えている日朝協議では、拉致被害者とともに、帰国事業で北朝鮮へ渡った日本人妻(夫)の日本への帰国問題も焦点のひとつとなっている。 「日本人妻カズ」は、なぜ北朝鮮へ渡らねばならなかったのか? 北朝鮮ではどんな過酷な運命が待ち受けていたのか? 物語では、脱北してきた元日本人妻の実際の証言や記録をもとにして、リアルかつ詳細に描く。一方、アキが立ち上がる樺太の残留者問題は、大切な人権である「自由」を奪った共産主義者の独裁政権との闘い。その恐ろしさが骨身に染みているアキは、北朝鮮への帰国事業を知り、懸命にストップさせようとする。

■あらすじ
昭和元年生まれの双子の姉妹の物語。姉、寺谷昭子(アキ)は、幼いころに里子に出され、戦前、日本領だった南樺太に養父母とともに移り住む。昭和20(1945)年夏、樺太に突然侵攻してきたソ連軍は、8月15日以降も一方的な殺戮、暴行、略奪をやめず、樺太は地獄絵図と化していく。
勝ち気なアキは、前線に取り残された後輩の救出に向かったり、遊郭でソ連軍将校イワノフに金的蹴りを食らわすなど大活躍を見せるが、大切な人である誠との間にできた“一粒種”の崇をイワノフの妻に奪われてしまう。戦後も樺太に留め置かれた日本人の里帰りを実現すべく、そして崇に合うべく、アキはさまざまな活動に着手する。
一方のカズは、昭和20年3月10日の東京大空襲で養父母を失い、食べるためにヤミ市のかつぎ屋に。幼なじみの婚約者、松男は戦地から帰らず、カズはヤミ市で知り合った在日朝鮮人、李哲彦と「同居」を始める。だが、「3年間は松男の帰りを待つ。その間は指一本触れない」という約束は守られず、哲彦に強引に体を奪われてしまう。やがてカズは、北朝鮮で新たな人生を築くことに夢を見た夫・李哲彦と、娘ともども同行するのだが……。

■著者プロフィール
喜多由浩(キタ・ヨシヒロ)
1960年大阪府出身。立命館大学卒。産経新聞社入社。社会部デスク、月刊正論編集次長などを経て、現在、文化部編集委員。韓国延世大学に留学。関心分野は朝鮮半島問題、日本の満州経営など。主な著書に『北に消えた歌声 永田絃次郎の生涯』(新潮社)、『満州唱歌よ、もう一度』(扶桑社)、『旧制高校 真のエリートのつくり方』(産経新聞出版)などがある。

◇ ◇ ◇

著者からのメッセージ

 今年は戦後七十年にあたる。新聞、テレビのメディアは連日、特集を組み、呪文のように「戦争の悲惨な記憶を風化させてはならない」と訴えるが、残念ながら、心に響く記事や報道に巡り合うことはめったにない。それは「過去の痛み」ばかりを壊れたテープレコーダーのように繰り返し、「未来」を据えて視点が欠けているからだろう。
 「過ちを繰り返すな」の主語はいったい何か? 占領軍が作った憲法九条を死守していれば戦争に巻き込まれないのか? いや、そもそも日本は「まともな国家」に成りえたのか? 本当に知りたい、こうした疑問にメディアはほとんど答えてくれない。
 産経新聞朝刊に、この物語の連載を始めた二〇一四(平成二十六)年、日本と北朝鮮は拉致被害者を含む、北に残るすべての日本人の「再調査」で合意し、国民の中では「今度こそ」の期待が盛り上がった。だが、一年たって一人でも日本人を取り返せたか? わずかでも消息が分かったのか?
 もちろん、答えは「ノー」だ。
 今ひとつ、国際社会で近年、顕著な動きがある。遅まきながら「モノ申し」始めた日本を封じ込める動きだ。歴史問題の悪質なプロパガンダで異様な「反日」を続ける中国や韓国だけではない。ロシアや同盟国・アメリカの一部にさえ、こうした思惑はある。「軍国主義日本」を「絶対悪」とした戦勝国による東京裁判史観の中に、国際社会は日本を永遠に封じ込めておきたいのだ。
 私が思う「まともな国家」とは、確固たる国家の意志と戦略を持ち、それを実践するパワーを持った国のことである。
 こんなシンプルがことが戦後七十年たっても、できていない国の在り方こそ、メディアは問うべきであろう。中学生の少女が暴力でさらわれたことがはっきりしているのに、約四十年たった今も有効な手を打つことができない。慰安婦問題でのウソの証言が明るみに出た後も、わが国への「口撃」を止めない隣国の首脳や、日本の領土を不当に占拠しつづけ、新たな野心をむき出しにする国々に対抗することもかなわない……。
 この物語『アキとカズ──遥かなる祖国』のテーマは、まさしくここにあった。
 物語の主人公である双子の姉妹、アキ(昭子)とカズ(和子)は言うまでもなく「昭和」の時代を象徴している。いまだ「まともな国家」たりえず、昭和の戦争を精算できない日本という国の姿を、双子の姉妹を通して描いてみたかった。その一方で、異国に閉じ込められた日本人を、あるいは日本の誇りを取り戻す闘いを二人の活躍に託した、といってもいい。
 アキとカズには、複数の実在モデルが存在する。ソ連軍(当時)によって起こされた樺太の「終戦後の悲劇」で辛酸をなめ、戦後長く閉じ込められた日本人女性。帰国事業で日本人妻として北朝鮮に渡り、命がけで国境を越えてきた脱北者たち。あるいは、戦犯として冤罪をかぶせられた元死刑囚の日本兵、シベリアに抑留され、無念の死をとげた男たち。そして、国家に代わって被害者を取り返そうとしている元自衛隊の特殊部隊やNGO関係者……。
 物語の内容も、実際に起きたことをできるだけ、ベースにした。そうした意味では、小説ではあるが、ノンフィクションの部分をかなり含んだ「準ノンフィクション小説」と呼べるかもしれない。知られざる事実も、ふんだんに盛り込んだつもりである。
 とりわけ、樺太で八月十五日以降に起きた悲劇については書きたかった。地上戦で一般市民が犠牲になったのは決して沖縄だけではない。ソ連軍が終戦後に、殺戮、略奪、婦女暴行を繰り返したのは満州や朝鮮半島の北半分(後の北朝鮮)だけではないのだ。
 約九万三千人の在日朝鮮人と日本人妻・子が北朝鮮へ渡った「帰国事業」についても誤解がある。「自分の意志で渡ったのに今さら帰りたいとは……」という批判だ。帰国事業が始まった昭和三十年代、与野党の政党、メディア、社会をあげてこの事業を後押しし、「地上の楽園へ行け」と持ち上げた事実を現代の人たちはほとんど知らない。地獄のような北朝鮮という国で辛酸をなめ、祖国への望郷の念を募らせているのは、拉致被害者も日本人妻も変わりはないのだ。
 本書の読者には、こうした事実を少しでも分かってほしい。そんな願いを込めて物語を書いたつもりである。

平成二十七年夏 喜多 由浩

 

BOOK REVIEW

拉致解決に必要な「力」実感

 本紙に1年にわたり連載された小説が本になった。『アキとカズ』はその名の通り7日間しかない昭和元年に生まれた双子の姉妹、昭子(あきこ)と和子(かずこ)の朝鮮半島に関わる激動の人生を中心に展開する小説である。さまざまなエピソードに実在の人物を擬した人物が登場するが、その中には私が直接知っている人も多く、単なる小説というより、事実の追体験のような感覚で読んでいた。その意味で本書は「小説以上、現実未満」と言える。
 後半からは拉致問題が入り、自衛隊を使った被害者救出の話が出てくる。これについては私が代表をしている予備役ブルーリボンの会で行っているシミュレーションとも重なっている。最後で横田めぐみさんを擬した被害者を救出し自分は海に沈んでいく「尾藤」は同会の伊藤祐靖幹事長(元二等海佐)がモデルと思うが、「本当にそうなっても彼はこんなことをつぶやきながら死んでいくだろうな」と思って読んでいた。
 昨年のストックホルム合意は既に破綻している。多くの人は口をつぐんでいるが、取り返すなら明らかに「力」が必要であり、そうしなければ見捨てるということだ。本書を読んでいると、それが実感として迫ってくる。この小説のように現実を動かせないかと思ってやっている身からすれば身につまされ、ときに胸が苦しくなる思いすら感じるのである。
 また、『アキとカズ』には樺太残留者(日本人・朝鮮人)の問題や帰国者と日本人妻、政治犯収容所や脱北者問題など朝鮮半島に絡むさまざまな問題が登場する。私たちは拉致問題もふくめ個別に問題を考えがちだが、それらすべてが実はつながっているということ、さらに戦後70年間、日本にとって朝鮮半島とは何だったのかについても、あらためて考えさせられた。強いて言えばアキとカズが入れ替わる筋が少し難しかったが、それをおいても『アキとカズ』は心に残る小説である。拉致被害者の救出運動や北朝鮮の人権問題に関心を持つ人、また逆にこれまで関心を持ってこなかった人に広く読まれることを期待したい。(集広舎・1500円+税)

平成27年(2015年)8月27日産経新聞読書面/評・荒木和博(拓殖大教授)

APPENDIX

◎参考:産経ニュース – 本紙連載「アキとカズ 遥かなる祖国」が単行本に
◎参考:荒木和博・拓殖大教授が読む『アキとカズ 遥かなる祖国』喜多由浩著