『図書新聞』3102号(2013年3月16日)にて小社刊『チベットの秘密』の書評(執筆者:楊海英(日本名:大野旭)静岡大学教授)が掲載されました。許可を得て転載させていただきます。【編集室】

チベットの秘密

発行日/2012年11月15日
著/ツェリン・オーセル、王力雄
編著/劉燕子
発行/集広舎
四六判/上製
定価/2,800円+税

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「秘密」を覗いた後の対応が日本の読者に問われている

 チベットの秘密は何だろうか。日々、電波を通って伝わってくる「我が身を炎と化す」焼身自殺の原因だろうか。中国はそれを「国外にいる、一握りの民族分裂主義者による扇動だ」と主張している。あるいは、ダライ・ラマ法王が日本などを訪問した時に、「外国による内政干渉に抗議する」、といつも激昂し、甲高い声を出している中国外務省スポークスマンの胸中だろうか。はたして、日本人はどれほど、このような茶の間にまで入ってくる情報について、真剣に分析しているのだろうか。本書は国際問題であるチベット・クェスチョンを考える上で欠かせない手引きとなりうる。
「成人してからの人生の大半を中国人の刑務所で過ごしてきました。しかも、私自身の国で」。これは大勢のチベット人たちが今も置かれている立場だ。「ある若い僧侶が拷問の経験を語ってくれました。彼は逆さに吊り上げられて、肋骨を三本も折られました」。こうした暴挙は決して「五千年の文明を有する、天下の中心に住む人々」がいうところの「日本人侵略者の残忍行為」ではない。中国人自身が否定した「文化大革命中の間違った行動」でもない。現在進行形で、「解放者」の中国人たちが「ヨーロッパの中世よりも暗黒な世界に暮らすチベット人」に対して働いている行為である。「暴力と非暴力の境界線は誰でも知っています。ですからやはり私たちは羅刹女の骨肉なのです」。(羅刹女と猿との子孫だと伝承する)僧や尼たちが全チベット人の「苦難を代わりに引き受けて、代わりに殴られ、投獄され、死に赴いている」事実が、秘密のほんのわずかの一端であろう。ダライ・ラマ法王だけでなく、全チベット人が、慈悲と平和を信じているがゆえに、中国人の暴虐に同じような手法で返すのではなく、我が身を炎に化す形で世界に訴えているのである。むろん、自国の国民を4000万人も餓死させても、誰も責任を取らなかった国柄なので、今さら100人を超えつつある「焼身自殺した民族分裂主義者」に憐憫の念を示すとは思えない。
 問題は日本語の読者たちだろう。世界の屋根に登山に行くだけでよいのだろうか。「大黄河」の源流や「シルクロード」の一部をドキュメント番組にして二流のオリエンタリズムを再生産しただけで満足すべきだろうか。あるいは、仏教の源郷インドに経典が存在しなくなった以上、インド仏典にもっとも近いチベット仏教の典籍を書斎で吟味するのみで思索を停滞させていいのだろうか。登山や仏典の翻訳等の意義を否定するつもりは毛頭ないが、ただそれだけでは過去への遡求はできても、今を生きる世界の衆生に開示されている「チベットの秘密」には答えていないので、改善が求められている。
 日本は何をすべきだろうか。著者のオーセル女史はパスポートを申請する権利を剥奪され、最低限の公民権すら有することもできず「文明人」の監視下で暮らしている。アメリカ合衆国には多数の基金や財団がアジアの民主化支援に積極的に関わっている。ヨーロッパでは平和活動を奨励する目的で設置された賞が多く、オーセル女史も選ばれている。このような諸先進国と比べると、日本は無数の企業が「日中友好の使者」として金儲けをしているし、利潤はさらに共産党の強権維持にも「貢献」している。日本が提供した先端技術はチベット侵略鉄道と寺院に設置された監視カメラに「活用」されている。過去に一度だけ大陸に進出したからといって、かくも独裁政権を熱愛する「日中友好論者」たちは、人道に対する犯罪を助長している、と自省したことはあるのだろうか。
 他人の秘密を覗いてしまった以上、まずは反省し、それから関与しよう。草の根レベルでチベットを支援するだけでなく、独裁政権による侵略と弾圧をめなければ意味がない。戦後一貫して平和の道を歩んできた、世界第三位の経済力を擁する国も「アジア平和促進賞」のような賞や基金を創成して、各国の「内政」に積極的に介入すべきことを評者は提案したいのである。