小社刊「殺劫(シャーチェ)チベットの文化大革命」の書評が週刊東洋経済(2009年12月19日特大号)に掲載されました。評者中川道夫氏と東洋経済誌のご許可を得て転載させていただきます。

殺劫 - ジャケット撮られていた文化大革命下のチベット

 この本を手にするとユダヤ人ローマン・ヴィシュニアックのことを思い出す。第2次世界大戦前夜の欧州で、ナチスのユダヤ迫害の光景を4年間密かに撮りつづけた写真家だ。

 本書は、かつて中国人民解放軍だったチベット人士官が文化大革命の10年を趣味のカメラで記録したもの。没後、文筆家の娘が公開、彼女が編纂し、はじめに台湾で出版された。文革の写真は珍しくないが、チベットのそれは見たことがない。造反派の若者が破壊する寺院、仏像や法具、経典は焚き火に、槍で武装したあどけない少女。「牛鬼蛇神」とされた僧侶や旧領主、役人、知識人、商人らが、それぞれの衣装を身にまとわされてつるし上げをくっている。罵声をかけ嘲笑するのは漢人だけでなくチベット人だ。毛沢東の肖像画をかかげ行進するデモ隊の後にはチベット高原の霊峰がそびえる。昨年頻発した漢族支配への抵抗のマグマは、この風景のなかに孕まれているのだろう。

チベットの二重の悲劇がそこに視える。

 本書は残された写真をただ編集したものではない。父の記憶と格闘するかのように、娘はそこに映っている紅衛兵や幹部、とくに「革命大衆」から批判され傷ついた生存者を探しあて、その四十数年後の証言を記録した。全体に写真の小さいのが気になるが、事実の重みには圧倒される。

「殺劫」とは長時間、強奪、脅すという意味で、劫火の余灰が飛び散り、昔と今が時間を超越し一つになることだと、訳者はいう。エリ・ヴィーゼルはユダヤの惨禍を追憶するヴィシュアニックの写真集に「記憶の敗北をもたらす忘却を決してゆるさないこと」と記した。中国現代史の奇跡の映像録である。

写真家 中川道夫/週刊東洋経済 2009年12月19日