アキとカズ──遥かなる祖国
書名/アキとカズ
副題/遥かなる祖国

発行日/2015年08月
著 者/喜多由浩
発 行/集広舎
四六判/392頁/並製
定 価/1,500円+税

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昭和日本の「闇に葬られた過去」と、
戦後復興の裏で残酷な運命に立ち向かい続けた美しい双子の姉妹

 この物語の始まりは、第二次世界大戦終結、そして朝鮮戦争が勃発した1945年から、2000年。敢えての「戦後」である。樺太残留邦人問題を皮切りに、日本国内での貧困問題と在日朝鮮人差別、北朝鮮帰国事業で北へ渡った日本人妻たちの強制労働問題、そして日本人拉致問題と、普段はあまり大々的に語られることもなく、若年層は知らない人も多いであろう「戦後70年間の暗部」を、新聞記者らしい緻密な取材に基づき、生々しく描き切っている。これらの問題が起こった原因は、戦後混乱期の最中だったことや、第二次世界大戦時の日ソ間国交断絶の影響、在日朝鮮人の生活保護費で経済が逼迫していたこと、国家もマスコミも北朝鮮の実情をよく把握していなかったことなど、仕方のないことではあった。とはいえ、多くの日本人たちに苦難の人生を歩ませたのは揺るぎない事実であるだけに、作者がこのように過去の歴史に真正面から向き合った作品を世に出すことは、とても意義ある行為だと感じた。

 本作品は、事実をベースにフィクションを織り交ぜた「セミ・ドキュメンタリー」という特殊なジャンルでもある。作者も前書きで「登場人物にはほぼモデルがおり、内容も綿密な取材をベースにしている」と述べていて、多くの内容が実際に起こっていたものだと暗に述べている。しかし、完全なノンフィクション作品にしなかった理由は、架空の設定を盛り込み、より読者の想像をふくらませやすくすることで、この凄惨な歴史を、まるでカラーの映像を見せるかのように、はっきりと正確に理解してもらいたかったからではないだろうか。

 内容は大きく分けて「樺太編」「北朝鮮編」「拉致問題編」の3つで構成されていて、「アキ」と「カズ」という、生き別れの双子の姉妹が、それぞれの育った場所で終戦を迎えるところから始まる。アキはソ連侵略下の南樺太で、日本に帰国することもかなわず、秘密警察からの監視とスパイ行為に怯えながら長い抑留生活を送る。カズは東京大空襲で養父母を亡くし、明日のことなど全くわからない日々をヤミ市で生計を立てながら生きる。アキは勝ち気な言動が災いし、秘密警察に目を付けられ、戦死した恋人との間に設けたひとり息子と引き離されてしまう。一方カズは、気弱で流されやすい性格のせいで、ヤミ市にいた在日朝鮮人の男の甘言にほだされ、望まない妊娠・結婚をしてしまう。彼女たちの長い長い戦いは、終戦後から本当の始まりを告げるのだ。

 物語の前半から中盤までは、樺太~日本~北朝鮮と舞台をめまぐるしく変えながら、人権無視の強制労働、監視、虐待、殺戮と凄惨な描写が続いていく。特に、妹のカズが、帰国事業で在日朝鮮人の夫とともに渡った「地上の楽園」北朝鮮での、衣食住もままらない中、劣悪な環境下での肉体労働を強いられる描写はすさまじい。少しでも不平不満を口にしたり、目立つ行動を取ったら終わりだ。政府や保安員に目を付けられて、「生きて帰っては出られない」ような劣悪な環境の収容所へ送られてしまう。そこでは飲まず食わずの肉体労働を強制され、虐殺の恐怖に怯えながら日々を送ることとなる。最初は抵抗を試みたり、希望を持とうとする収容者たちも、恐怖に支配された勾留生活の中で、徐々に反発する意欲を失い、果ては自分の家族の行動にすらスパイ行為を働いたりと、人の心を失っていく。恐喝と洗脳が繰り返され、飢餓状態による体力低下も手伝って、最後には気が狂うか、完全なる無抵抗になってしまうのだ。人間が恐怖に支配され「学習的無力感」を持つまでの過程が非常に生々しく、思わず息を呑んでしまう。
 この前半~中盤の北朝鮮編は、混乱の戦後復興期の中、国家と政治、そして「国籍」に人権を蹂躙され続けた日本人と在日朝鮮人たちの悲鳴と慟哭が、行間からひしひしと伝わってきた。彼らの精神も肉体も虐げられていくさまは、とても痛々しく、心をえぐられて、思わず読むのをやめてしまいたくなる。しかし、それと同時に「どんなひどいことでも、たとえ嫌な気分になっても、すべて見たい、知りたい」という、まるで野ざらしの死体を見に行きたくなるような欲求が沸き起こってきて、ページをめくる手を止めることができない。北朝鮮編は、冒頭から最終章に至るまで、淡々とした文体ながら、執拗なまでの虐待描写が続く。彼らには、息をつく暇がないほどに、次々と不幸が襲いかかるのだ。

 後半の拉致問題編からは、北朝鮮編よりももっと創作の部分が増え、フィクション性を強めていく。このおかげで物語にスリリングな緊張がもたらされ、ダレることなく一気に読み切ることができる。特に、祖国訪問団制度を利用して、日本に一時帰国してきたアキと、日本に居たカズが監視の目を盗んで服を取り替え、2人が決死の入れ替わりを行うシーンは、「どうかバレないで! 無事にやりきって!」と思わず心の中で願ってしまった。その後は北朝鮮に渡ったアキと、自衛官や元外交官ら有志の日本人たちが連係して、ひとりの拉致生存者に対し、決死の救出劇を計画するというストーリーが展開され、衝撃的なクライマックスへと繋がっていく。物語後半はまるで映画のような手に汗握る緊迫感があり、ページをめくる手が止まらなくなる。
 ちなみに、この拉致被害者は女性で、北朝鮮での目撃情報は多々あるにも関わらず、生死不明のまま、日本政府も積極的に追求しようとしない……という設定を持つ。おそらく作者は、1977年の失踪以来、未だ解決の糸口が掴めない拉致被害者・横田めぐみさんをモデルにしているのだろうと想像した。

 現実では、完全解決までの道のりはまだまだ遠いであろう北朝鮮拉致問題。本作品に登場する有志の日本人たちのように、強い正義感と使命感を持ち、命をなげうってでも、全力で助けようとする人が現れる可能性は、現実社会では残念ながら少ないとも思う。あの恐怖と嘘にまみれた独裁国家に立ち向かうのは、それだけ困難なのだ。しかし、本作で「こういう救出の方法もある」というひとつの「解決策」を提示してくれたことは、一筋の希望に繋がる。拉致問題については、いつ完全に解決する日がやってくるのだろう、いつ北朝鮮はすべての真実を伝えてくれるのだろう、と常々もどかしく感じていたからこそ、溜飲を少しだけ下げることができた。

 また、これは本書の大筋からかなり外れてしまうことだが、主要な登場人物の女性たちが、皆美形に描かれていているのも特徴だ。美しい女性たちを登場させ、「悲劇のヒロイン」としてドラマチックに演出することで、より登場人物の悲劇性を高めていると感じた。
 主人公である「アキ」と「カズ」も、大きな瞳に美しい肌、端正な顔立ちのパッと目を引く美貌を持つ。この彼女たちの「美貌」は不幸を呼び寄せ、未来をより残酷な方向へ進ませる。
 彼女たちは心に決めた恋人がいたにも関わらず、行く先々でたちの悪い男たちの性的興味を惹き、無理やり身体を奪われ、不本意な男女関係を結んでしまうのだ。例えば、アキはソ連の指示により、樺太の遊郭で無理やり働かされてしまったとき、客として来た秘密警察のロシア人・イワノフに見初められ、愛人候補として家に匿われてしまう。カズは、身寄りを亡くし路頭に迷っていた頃、ヤミ市で近づいてきた在日朝鮮人の男・哲雄に惚れられ、彼からの「一緒に住もう、指一本触れないと約束する」という言葉に騙されて居候を始めたものの、結局強引に身体を奪われ、望まない妊娠をしてしまい、結局それが、北朝鮮に渡るきっかけを作ってしまう。
 さらに、カズの娘「美子」も、カズの面差しを色濃く受け継いだ、とても端正な容貌の持ち主だ。彼女もまた、夫とともに捉えられた北朝鮮の収容所で保安員に繰り返しレイプされ、不本意な出産をする……。
 彼女たちはいつも、男の「力ずくでも美しいものを手に入れたい」という所有欲の標的となるのだ。そして、男の欲望は激しい暴力性となって牙をむき、彼女たちは、貴重な若い時期を、女性としての尊厳を踏みにじられながら過ごす羽目になってしまう。また、彼女たちの清楚な雰囲気は、シベリア・北朝鮮での秘密警察、保安員ら「支配する側」の傲慢で醜悪な人間性や、むごたらしい虐待描写をより際立たせる。そしてアキとカズら「支配される女性たち」の美しい姿と、疑うことを知らないまっすぐな心は、より彼らの嗜虐心をかき立てるのだろう。無力で純真な女性と、支配欲と欲望を肥大させた男たち。支配する側とされる側の対比をはっきりさせることで、虐待の様子がより生々しさ増していく。
 アキとカズ、そして美子らのように「私はこんなはずじゃなかった」「好きな人と添い遂げたかった」と後悔し続けながら送る人生は、ひとりの女性としてとても苦しく、悲しいだろう。男性から大切にされ、愛し愛される喜びを知る彼女たちだからこそ、愛する人と引き離され、望まない肉体関係を結んだ後、理不尽な現実に涙するシーンは、女性の悲しみが浮き彫りになって、同じ女性として痛ましい気持ちになる。

 読み終わってみて、本書は単なる娯楽小説というよりも、戦後から現在まで70年間、長らく蓋をされたままだった「戦後の恥部」を知るための、歴史教科書のような一冊だと感じる。歴史を知るために資料や文献を読むことも大切だが、つい身構えて、後回しになってしまうのが現実だ。しかし、本書は小説に仕立ててくれていることで内容がスッと頭に入ってきて、わかりやすく理解することができる。戦後復興から高度経済成長期へと、怒涛の勢いで発展を続けた「日本の20世紀」の影で虐げられてきた日本人、そして朝鮮人たちの声にならない叫び声に、私たちはもっと耳を傾けるべきだろう。本書は知識を身に付けるための資料としても、小説としても純粋に読み応えのある、秀逸な作品である。一度は読んでいて損はない一冊だ。

冬蜜柑

冬蜜柑/1987年生まれ、福岡県北九州市出身。女性。高校卒業後は進学のため上京、大学在学中より新聞、雑誌、ニュースサイト等で執筆活動を始める。2014年より再び福岡県に住まいを移し、現在は福岡市内のIT企業でエンタメ系コンテンツの企画・編集に携わるかたわら、フリーライターとしても活動中。普段は恋愛コラムや雑学など比較的ライトなものを書いていますが、執筆の機会さえあれば色んなジャンルの記事を書いてみたい、雑食系女子です。