社主のご先輩でJAに勤務されていた德永治通さんに「社会的連帯経済入門」を献本したことろ、書評を頂きました。ご許可を得て転載させていただきます。〈編集室〉

社会的連帯経済入門書名:社会的連帯経済入門
副題:みんなが幸せに生活できる経済システムとは
著者:廣田裕之
発行:集広舎
判型:A5版ソフトカバー
発行日:2016年12月10日
価格:本体1500円+税

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「社会的連帯経済入門」について

 「社会的連帯経済入門」を読んで、これまでほとんど認識していなかった世界があることを知り、目が覚める思いでした。
 私は1970年に全購連(現全農)に就職したときの教育研修で「ロッチデール」協同組合の話を聞いた以降、実務では協同組合の理念など考慮したことはほとんどなかった。農協でも全国組織にいると、組合員の顔を見ることはほとんどなく、購買部門の業務(私は主に配合飼料)は商社的なもので、いかに安く買うか、いかに安く作るか、どうやって合理化をすることしか頭になかったといってもいいでしょう。
 現在の資本主義経済の動きは投機的で少しおかしい、先進国の成長の伸びしろは極めて小さいはずなのにいまだに成長を求める政策が続いていると疑問に思っていたところです。この本を読んで、従来の協同組合とは一味違う新しい動き、それも英米とは違う文化圏で発生していることは驚きでした。資本主義はいつまでも順調に成長することはなく、恐慌や戦争で落ち込み、また這い上がるというのが大学で教えられた事です。今の資本主義は貧富の格差拡大など動きが荒くなっており、何らかの対抗軸となる考え方が必要だと思います。それは簡単なことではありませんが、この本は参考になります。

 以下、私の経験から関連することを述べます。

 まず、日本の農協は行政の下請け的存在とありますが、全くそのとおりです。その成り立ちは、大正デモクラシーの時代に「産業組合」という名で行政と連携して農村の生活改善を進める組織として整備されているということです。国・都道府県・市町村という3段階に対応した「系統」組織という表現が当時からあります。戦後もこの流れは基本的に変わらず、総合農協は「系統農協」と称して農政の実行組織=下請け機関の役割を担ってきたのです。私が勤めていた時も、霞が関とは友好的でした。
 しかし、農業人口の減少、農協経営のつまずき(金利低下・不動産投資の失敗など)、不祥事の多発があって、農協への対応は厳しくなっていった。また、農協優遇から一般会社と同等の扱いにするため農協法を会社法に近づける動きが出てきた。個人的な見解ですが、大きな転機の一つは平成13年に日本でBSEが発生したとき、肉骨粉使用禁止の農水省課長通達が農家段階に伝わっていなかったことで、農協は情報伝達機能がないと判断されて対応が変わってきた。当時の農協は、畜産農家の農協離れ(経営規模拡大で農協に技術力がない)あるいは農協の畜産農家切り捨て(不良債権削減)により、農協の指導力は小さくなっていた。(余談だが、肉骨粉を乳量アップのための高蛋白原料として推奨していたのは農水省などの技術者と言われていたが、彼らは欧州のBSEについて無頓着だったことになる。)その他にも、全農・全中が農水省からの天下りを拒否していたとの噂もあった。
 そして、資本主義的農業を目指す政府はコメの減反政策転換やTPPを推進するにあたり、役に立たない、そして政府に逆らう農協に対して「農協改革」、「全農改革」という形で抑えつけを図っている。
 しかし、政府の政策は農業・農村全体をカバーできるものではないので、農協は農家の立場に立って、政府の「改革」と手を切り、農家の信頼を取り戻すしかないと思う。
 一口に農協といってもいろいろあり、すでに地道な活動を行っている農協もある。また、農協の大型合併がすすんでいるが、大きければいいというものではないとも思っている。

 次に、農産物価格について、「フェアトレード」という考え方がでているが、これには注目したい。
 「全農改革」の中では、大手スーパーは農産物価格を買い叩いているという指摘があるものの、スーパー業界に対する具体的な指導は見えてこない。一方、全農にはスーパーチェーンを買収して、自ら消費者への販売事業を行えという。(現在は業務用販売と通販・インターネット販売をおこなっている。)
 最近、六次産業化の一環として農産物直売所が増え、一種のブームになっている。確かにスーパーよりも新鮮で品質のいいものが多いように思うし、スーパーには売っていないものもあるのはおもしろい。このところ人気が上がっている「伊都菜彩」では、いい品物を出していると、近くに住む友人の話である。農産物直売所のスタートは、スーパーで売れない規格外を販売することだったが、今ではスーパーで売られるような形の整ったものを求められるという。直売所の競争激化で、品揃えのために他産地の品物を置くところもある。このようなことを全面否定するつもりはないが、行き過ぎには注意というものです。
 一方で、大手スーパーの店舗閉鎖が相次いでいるが、これまで便利だと使っていた地域住民のことを考えなくていい大企業とは付き合いたくないと思うようになっています。

 ここで生協のことについて一言。個人的な経験ですが、生協にもいろいろあり、信頼できるのはどこかが分からず、今は使っていません。信用できない事例は、①生協の形式で資金集めをして、商品の内容は一般のスーパーと変わらないところもある、②虚偽と思われるような広告を出している、具体的には、自家配合で育てている(ここに配合飼料を販売していた)、圧搾大豆粕使用(発生量は極めて少ない)、③価格交渉は極めて厳しく原価割れの要求をする、④食品偽装事件では生協にも該当商品が出てきたこともあり、品質管理は大丈夫かと心配もある。その他いろいろ難しいことを売りにしている生協もあるが、今のところ生協をどこまで信用するか迷うところです。
 これから先、どこで商品を買えばいいのか、産地の顔が見えるところが望ましいと思いますが、それは贅沢な話ということになります。
 そして、農村の在り方についての思いです。政府は農地集約を進め、農業の大規模化を図るとしていますが、農水省の農業政策説明会などに出かけると、農家から出る意見には厳しいものがあります。

  1. 「農家がもらう国民年金だけでは食べていけない。だから米を作らざるを得ないので、農地を手放せない。農地集約は簡単にはできないよ」
  2. 「私の集落では現在はだれも農業をしていない。もしもだれか一人でも農業を再開するとなると、用水池や農道の整備など集落でおこなうことになる。しかし、そんな人手はないので、今の住民にとっては甚だ迷惑な話ということになる」
  3. 「田んぼを委託に出したら組合員資格はなくなる。それでも人がいないので組合の役を続けてくれと言われる」(友人の話)

 政府の「地方創生」はどういう成果を上げているのか? あまり話題にならない。29年度は中山間地の助成金を増やすというが、元が少ないので微々たるものだ。
 農村は共同作業で農業インフラを維持しているので、人が出て行けばすたれる一方ということになる。この点は都市と全く違うところだ。
 農村に人を戻すことが重要であるが、農村のいいところは金が少なくても食べていけることだと思う。今はインターネット回線と交通インフラの整備されればできる仕事もある、環境のいいところに人は集まってくるはずである。こういうところにこそ本当の「規制改革」で交通手段を確保できれば、いい展開が出てくると思う。そうなれば、私でも田舎暮らしができるだろうと思う。

 最後に農協の信用事業のことについて。農業では1年1作のものもあり、資金需要は当然のことである。しかし、残念ながら現実の農協は高金利時代には経営維持のために貯金を集め、現在は共済加入を勧めるという、本末転倒なことをしている。農協職員も本業以外のことに追われて大変です。
 政府は「農協改革」で農協の信用事業を分離しようとしているが、農業経営にとって資金管理は重要なことであり、信用機能を維持することが本来の農協としての役割だと思う。
 以上は個人的な経験で範囲が狭いのですが、経済成長が小さいあるいは成長がないことを前提として、新しい考え方が出てくることを期待するものです。

(2017年2月8日 德永治通)