廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第10回

社会的企業や社会的起業家について

 この連載では何回か社会的企業を話題にしてきており、また日本でも社会的企業という表現がちらほら聞かれるようになりましたが、その具体像についてはあまり知られていないのが実情ではないかと思います。今回は、その社会的企業について、そして社会的起業家との違いについてご紹介したいと思います。

 社会的連帯経済が盛んなのは、前述したようにラテン系諸国(フランス、イタリア、スペイン、中南米諸国など)で、最近ではアジア諸国にも広がっていますが、社会的企業についてはむしろ英語圏諸国(英国、米国、カナダなど)のほうが先進的になっています。これについてですが、英語圏諸国の歴史的背景を紹介する必要があるでしょう。

 英語圏ではチャリティ(慈善活動)の伝統がラテン系諸国よりも強く、富裕層は貧しい人たちを助ける活動に携わるべきだという考えが存在しています。そして実際、富裕層や大企業などからの寄付を受ける形で、また国によっては行政の援助を受けて、数多くの慈善団体が活動しています。しかし、1980年代の英米ではサッチャーおよびレーガンの両政権の下で新自由主義的改革が次々に行われ、特に英国ではそれまで充実していた社会福祉が大幅に切り捨てられることになります。これにより特に行政からの資金援助に頼っていた慈善団体が資金不足に陥り、従来の活動を続行できなくなったことから、慈善団体自身が事業を起こして自らの運営費用を稼ぎ出すようになったのが社会的企業の始まりです。なお、法人格としては企業ではない団体(たとえば協同組合やNPO)も、社会的企業に含まれます。

 1970年代から1980年代という時期は、社会的連帯経済にとって世界的に大きな転換期になったと言えるでしょう。フランスでは協同組合を中心とした社会的経済という運動に注目が集まり、1981年に成立したミッテラン社会党政権でこの流れが確立し、主に他のラテン系諸国(イタリア、スペイン、ケベック)にも広がってゆきます。それに対し英米では、新自由主義的な両政権により社会福祉が削られ、それにより社会的企業が台頭することになります。このような政治や社会の流れの違いについて注目する必要があるでしょう。

 このような背景があることから、社会的企業は基本的に障害者や長期失業者など、社会の中でも最も弱い立場の人たちと密接な関係を持ちます。たとえば、以前は市役所や厚生省などの援助を受けて運営されていた障害者向け施設が、行政側の支出切り詰めにより十分な額の補助金を得られなくなったため、弁当屋を開いてその利益でその障害者向けの活動を続けようとする場合、この弁当屋が社会的企業となります。そして弁当屋は可能な限り障害者を雇用して、障害者に仕事を与えようとします。また、利益が出た場合にはこの障害者に対する研修や、各種サポート(たとえば難聴の人に対して補聴器)の提供など、障害者の生活改善活動に充てられることになります。

 また、社会的企業については、私が把握している限りではフィンランド、イタリアそして韓国の3カ国で関連法が成立しており、法律で定めた枠組みに従って社会的企業が認定され、行政からの支援を受けられるようになっています。

 しかしながら、そんな社会的企業の定義については、今のところ世界統一の基準は存在しません。社会的企業が盛んな国の間でも、以下のように定義がバラバラです。

  • 英国:「株主やオーナーへの利益を最大化するのではなく、基本的には企業あるいは地域社会の目的のために剰余金を再投資するという社会的目的を持った企業」(英国通産省が2002年に刊行した報告書(英語)
  • 米国:「解決困難な社会的ニーズに直接対処し公益に寄与」し、「経済活動により堅固な収入を確保」し、「公益を最重要目的」とする企業(社会的企業連盟
  • カナダ:「NPOが所有し、収入の創出および社会的・文化的および/あるいは環境面での目標の達成という複合的目的のために生産および/あるいは商品およびサービスの販売に直接取り組む企業」、「NPOが、健全な地域社会に貢献するという使命を果たすためのツールの1つ」(カナダ社会的企業協議会
  • フィンランド:「特に障害者および長期失業者に対して雇用の機会を提供」(社会的企業法(フィンランド語版スウェーデン語版英語版))
  • イタリア:「社会的効用のある財あるいはサービスの生産あるいは取引目的で経済活動を実施」(社会的企業法施行令(イタリア語)
  • 韓国:「脆弱階層に社会サービス又は就労を提供し地域住民の生活の質を高めるなどの社会的目的を追求しながら、財貨及びサービスの生産販売など営業活動を遂行する企業」(社会的企業育成法(韓国語日本語訳))
米国の社会的企業連盟のサイト

▲米国の社会的企業連盟のサイト

 これらの定義から読み取れる点を、以下まとめてみたいと思います。

  • 英国では、協同組合や信用金庫なども社会的企業に含まれる(フランスなどの社会的経済に比較的近い)。
  • カナダでは、NPOの関与が必須。
  • フィンランドや韓国では、障害者や長期失業者への雇用創出が重要。
  • イタリアでは、文化財の保護に携わる企業も社会的企業とみなされる。
  • 韓国では、障害者や長期失業者などに雇用を提供する企業だけではなく、「社会サービス」を提供する起業も社会的企業とみなされる。ちなみに社会的企業育成法では社会サービスは、「教育、保健、社会福祉、環境及び文化の分野のサービスその他これに準するサービスとして大統領令で定める分野のサービス」と定義されている。

 これに対し、社会的起業家(social entrepreneur)は、表現こそ社会的企業と似ているものの、全く異なる社会的潮流から生まれたもので、むしろ実業界側から生まれたアプローチと言えます。社会的起業家の場合には何よりも起業家としての側面のほうが強調され、社会的な部分はむしろ付加価値的なものであると言えます。言い換えると、社会的な側面が含まれたビジネスモデルで経営を行う人のことです。また、何が「社会的」であるかについては現在のところ特に定められていないため、自分の事業が社会的であるとさえ思えば、誰もが社会的起業家になれると言えます。

 また、社会的起業家はあくまでも事業家であるため、業務で出た利益が必ずしも社会的な目的に使われるとは限らず、むしろ社会的であること自体が商品のウリである場合も少なくありません。たとえば、持続的な発展に貢献するという名目で太陽光パネルや風力発電機を途上国の農村に売りつける会社が投資家を募集する場合、確かに再生可能エネルギーの推進自体はよいことですが、発電機の販売というモデル自体に、前述した社会的企業のレベルの社会性があるとは言えない場合も多々あります。社会によいことさえすれば資本主義の論理で金儲けをしてよいというのが、社会的起業家の特徴です(もちろん、前述の社会的企業と似たような形で経営を行っている社会的起業家もいますが)。

 このため、社会的起業家の事業と社会的企業の間には、かなりのズレがあると言えます。社会的企業の場合には、利益が出た場合にも団体の本来の目的のために使うことになり、基本的にその運営者個人はそれほど金銭的利益は得られません。むしろ、個人的な利得を超えて団体の目的のために献身する人が経営していると言えます。それに対し社会的起業家にとっては社会的な部分はあくまでもビジネスモデルの一環であり、基本的には「社会的な貢献を行いつつ、自分も金儲けする」ことが社会的起業家の活動目的となります。社会的企業は資本主義的な利潤追求を行わない(行えない)団体であるのに対し、社会的起業家はその利潤追求を行う点が最大の違いであるといえるでしょう。

アショカ財団のロゴマーク

◀アショカ財団のロゴマーク

 社会的起業家に対しては、アショカ財団が日本を含む世界各地で、「既存の枠組みを超えたユニークな発想で、深刻かつ差し迫った社会問題の新たな解決方法を提示し、それを実行している人々」である社会的起業家(ソーシャル・アントレプレナー)に対して資金援助を行っていることが有名です。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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