廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第33回

カタルーニャ総合協同組合

 さて、非常に前衛的な取り組みであるカタルーニャ総合協同組合(CIC)については、以前も簡単に紹介しましたが、今回はこの組合にスポットを当てたいと思います。

 この総合協同組合は、カタルーニャ州内で反資本主義運動家として活動していたエンリック・ドゥランが仲間たちとともに2010年に創設したのですが、前史の部分も非常に重要なので、まずはそこからご紹介したいと思います。

エンリック・ドゥラン(右、2011年撮影)

◀エンリック・ドゥラン(右、2011年撮影)

 エンリック・ドゥランが一躍有名になったのは、2008年9月のことです。「危機」(Crisi、カタルーニャ語のみ)というフリーペーパーを20万部発行し、カタルーニャ州各地で配ったのですが、この10ページから11ページにかけて彼は、「俺たちから盗んでいる奴らを告発しオルターナティブを建設するために、オレは奴らから49万2000ユーロ(約6930万円)を盗んだ」と題する挑発的な記事を掲載します。実際、彼はウソの事業をでっち上げて銀行など39機関から68件の融資(総額49万2635ユーロ)を借りたものの、そのお金で事業を起こさずこの新聞を発行したのです。その後彼は行方をくらましますが、大手銀行や大企業が支配する経済とは別の経済を作るための具体的なアイデアをまとめた続編「おれたちはできる!」(カタルーニャ語版 Podem!スペイン語版¡ Podemos!)の発行記念イベントに参加するためにバルセロナ大学構内にいたところを逮捕されてしまいます。しかし、その後彼の活動仲間たちによって彼の解放を求める運動が起き(たとえばこの動画)、2ヵ月後に釈放されます。2013年2月に禁固8年の実刑判決が 出ましたが、そのような権力そのものへの服従を拒否する彼は逃走を続けており、2014年4月現在逃走生活を続けています(最近ロシアの国際放送 Russia Today で彼について報道(スペイン語(動画つき)英語)。

 日本の感覚だと、このような大胆なことを行なったエンリック・ドゥランに対する支持者が少なからずいることに違和感を感じる人も少なくないでしょうが、彼に対する支持の背景には、不動産バブルの崩壊により住宅ローンを組んでいた人たちが返済できなくなり、日本の3分の1強の人口のスペインで毎年数十万人が住宅を失っているにも関わらず、銀行は国から資金援助してもらう一方、バブルの責任が問われず経営陣が安泰という現状に対する義憤があります。日本でもバブル崩壊後に住専問題がありましたが、このような状況を作った銀行、さらには資本主義そのものに対して挑戦状を叩きつけているエンリック・ドゥランに対して、ロビンフッドや鼠小僧のような義賊として喝采を浴びせる人が少なくないのが、現在のスペインだと言えるでしょう。

▲スペインの不動産バブルの発生と崩壊についてわかりやすく紹介した「エスパニスタン」英語字幕版

 総合協同組合という概念は日本ではなじみがありませんが、スペインの協同組合法の中できちんと規定されたもので(全国法では第105条カタルーニャ州法では第119条。なお、カタルーニャ法では「混合組合」という表現になっている)、具体的には複数の性格を備えた協同組合になります。たとえば、消費者協同組合の場合にはそこで働く人がおり、労働者協同組合という側面も持っているため総合協同組合となりますが、カタルーニャ総合協同組合の場合、消費者、生産者、農業、教育、金融などさまざまな分野を統合することで、生活の幅広い部分を非資本主義的経済でカバーしようという壮大な構想があるのです。

 この総合協同組合の流れに参加したのが、それ以前からカタルーニャ各地で結成されていたエコシャルシャ(Ecoxarxa、シャルシャはカタルーニャ語でネットワークという意味)と呼ばれる、地産地消型のライフスタイルを目指すネットワークです。この運動は以前から地域通貨を発行するなどの活動を行なっていましたが、エンリック・ドゥランの提案内容に賛同し、両者が合流する形でカタルーニャ総合協同組合が生まれたのです。この際に、社会的連帯経済のみならず脱成長、パーマカルチャーやトランジションタウンズ、それに自主運営などさまざまな運動に対して参加を呼びかけています。

 同協同組合において強く見られるのは、政府や企業の影響を廃し、可能な限り自分たちで自主運営した経済活動を送ろうという無政府主義的な傾向です。これは、既存の政府機構や大企業支配型の経済構造に対する反発から生まれており、このような権威に依存するのではなく、むしろそこから自立したライフスタイルを模索しているわけです。たとえば教育や医療は政府が担当していますが、詰め込み教育や薬漬け医療など、必ずしもその受益者たる国民のための内容になっていません。新自由主義者ならこのような政府を批判した上で、あくまでも消費者の求めるものを提供できる民間資本主義を擁護しますが、利益最優先の民間企業の場合には、商品の偽装を行なったり、劣悪な条件を労働者に強要したり、また需要が殺到する分野においては価格を吊り上げたりしており、その強大な経済力を通じて社会を支配しがちです。そのような政府や企業を拒否するという立場で組合員が集まり、相互連帯に基づいて自分たちの望む商品やサービスを自分たちで提供してゆこうというのが同組合の目的なのです。また、同組合の会員内の取引では地域通貨が使われますが、これも既存の政府や企業制度に支配されたユーロという通貨制度を拒否し、自分たちの経済活動においては自主運営通貨を使って決済するという態度を示しているわけです。

 入会するには、個人会員は30ユーロ(約4200円)、そして法人会員は60ユーロ(約6500円)の出資金を払い(スペインでは協同組合は最低3000ユーロ(約42万円)の資本金を持つ必要があるため)、自営会員(農家など自営業向け、組合員以外には従来通りユーロで商品やサービスを販売する一方、組合員向けには一部地域通貨で販売)あるいは一般会員(消費者など。基本的には別の稼業でお金を得るが、協同組合の趣旨に賛同して参加する人たち)のどちらかを選びます。

 組合の中にはさまざまな小委員会があり、これらはノードと呼ばれる単位でまとめられており(企業で言えばノードが部で小委員会が課)、具体的には人事ノード(新会員受け入れ、研修、紛争解決、自営サポート)、広報ノード(広報、記録)、経済・法務・生産ノード(経済運営、法務、地域通貨、生産プロジェクト)、調整ノード(エコシャルシャ間調整、部門調整、意思決定方法、業務調整)、需要・交換ノード(基本需要、取引推進、コミュニティ業務、協同消費)、インフラ・購買ノード(共同購入センター)が存在します。

 実際の活動分野としては、教育、医療、住居、食、交通・エネルギー、金融、自営の7分野が最重要として、これらに焦点を充てており、この中で以下のようなさまざまな取り組みが生まれています。その中でも、主なものをいくつかご紹介したいと思います。

カラフォウ(Calafou):バルセロナ市内から50kmほど北西に行ったところにある、約2万8000平米の元工場を買い取り、食料の生産や加工のほか、さまざまなイベントを開催。
アウレア・ソシアル:バルセロナ市内はサグラダ・ファミリア大聖堂からすぐそばにある教育および医療センター。各種研修活動や医療活動、またその他小委員会の業務がこの場所で行なわれている(アウレア・ソシアルを紹介した動画(カタルーニャ語))。
Infoespai:エンリック・ドゥランらにより、一連の反資本主義運動が始まる前から運営されていた、バルセロナ市内のグラシア地区に位置するインターネットプロバイダ協同組合。
総合人材配置・リハビリ協同組合:失業者を対象に、その持っているスキルを活用して社会復帰を支援する組合。
カ・ラレグリーア(Ca l’Alegria):タラゴナ県アル・ベンドレイ市にあるバー・レストラン。

 なお、2011年の5月15日運動(詳細はこちらの動画(45分、日本語字幕つき)で)は、総合協同組合の発展においても好影響を与えました。スペイン全国を結んだこの運動により、同組合の取り組みがスペイン各地に伝えられ、スペイン各地でCICを含めて合計で14組合、そして国境を越えてフランスはトゥルーズ市でも同様の取り組みが生まれています(詳細はこちらで)。また、2009年9月には「おれたちは望む!」(カタルーニャ語版 Volem!スペイン語版 ¡Queremos!)と題されたマニュアルが刊行され、前述した5月15日運動の盛り上がりを受けて2012年3月にはフリーペーパー「反乱せよ!」(カタルーニャ語版 Rebel·leu-vos!スペイン語版 ¡Rebelaos!)が発行されています。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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