廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第43回

社会的連帯経済が目指す「もう一つのグローバリゼーション」について

 今回は、社会的連帯経済の実践例というよりも、世界各地の事例に共通している目標である「もう一つのグローバリゼーション」について考えてみたいと思います。

 グローバリゼーションという表現が日本で使われれるようになってかなりの時間が経過しましたが、具体的な定義ができる人は少ないと思います。これは、数十年前と比べて世界各国間の交流がはるかに盛んになり、政治・経済・文化・学術・社会運動などさまざまな分野で世界各国が大きな影響を受けるようになったことを指します。その中にはさまざまな種類があり、少なからぬ場合において私たちの生活を豊かにしていることを忘れてはなりません。

 現在のグローバリゼーションを語る上で、何よりもインターネットの普及を忘れてはならないでしょう。インターネットのおかげで、メールやウェブサイトの閲覧、チャット、スカイプなどのソフトウェアを使った国際電話、そしてFacebookなどのソーシャルメディアにより、世界各地にいる友人知人との情報のやり取りや、世界各地で発表された情報の入手が非常に簡単になっています(この連載自体も、インターネットのおかげで可能となっています)。もちろん言葉の壁は依然として残っていますが、少なくても語学がある程度できる人は、インターネットを駆使することで世界との情報交流が非常に簡単になっていると言えるでしょう。

スカイプのウェブサイト

◀スカイプのウェブサイト

 また、特に欧州域内においては移動の自由が保証されたことにより、域内での交流が非常に活発になっています。現在ではEU加盟国(+スイス、ノルウェー、アイスランド)の市民は域内であれば自由に移住できるようになっており、このため日本人が東京から沖縄に移住する感覚で、欧州域内の別の国に移住する人が激増しています。また、シェンゲン条約により域内での国際移動で出国審査や入国審査が廃止されたとから(英国とアイルランドは同条約に入っていないので対象外)、欧州域外からこの地域を訪問する人にとっては、入国審査の観点ではまるで欧州の大多数の国が一つの国に統合したかのような印象を受けることでしょう。同様の動きは東南アジアや南米諸国間でも始まっており、ASEANやUNASUR(南米諸国連合)の加盟国の市民は別の加盟国にビザなしで訪問できるようになっており、さらにブラジルやアルゼンチンなどは近隣諸国の人が労働許可を簡単に取得できるような制度を設けています。日本の場合はそのような国際組織には加盟していませんが、愛知万博をきっかけとして韓国人・台湾人や香港人へのビザを免除し、昨年からはマレーシア人やタイ人にもビザを免除するなど、観光や商用で近隣国の人が日本を訪問しやすいようにしています。

 欧州ではさらにこの動きが進み、エラスムスと呼ばれる留学プログラムがあります。これは学部生を対象としており、お金に余裕がない若者が欧州の別の国に留学して、現地語や専門分野などを勉強できるようにすることで欧州域内の国際交流をさらに促進しています。また、総選挙の際に外国の友党の政治家が応援演説を行ったり、市民運動レベルでも近隣諸国の会議に参加したりする動きが活発で、日常生活においても国境を超えた欧州社会が構築されつつあります。

 さらに、格安航空会社の登場により、特に近距離国際線が以前と比べて非常に安くなり、国内旅行の感覚で外国に旅行できるようになったことも忘れてはなりません。欧州ではEUの統合にライアンエアイージージェットに代表される格安航空会社が次々と設立され、片道1万円未満で欧州域内や、場合によっては北アフリカなどに旅行することができるようになっています。アジアではエアアジア春秋航空、そしてジェットスター・アジアなどが知られており、これらは日本にも就航したり、日本国内線でも格安フライトの提供を始めたりしています。前述したビザの緩和とも相まって、以前は経済的に旅行できなかった人たちも気軽にいろんな国に旅行できるようになっています。

 しかし、このようなグローバリゼーションにおいては、それが誰の利益になるかについてしっかり考える必要があります。インターネットや旅行の分野ではそれを享受できる個人も少なからずいることでしょうが、北米自由貿易協定(NAFTA)やASEAN経済共同体(2015年までに発足予定)のような統合はあくまでも経済活動のみを推進するもので、利益の最大化を追求する企業やその企業活動の恩恵を受ける特定国にとっては良いものではあっても、必ずしもそこに住む市民のためになるものではありません。実際、NAFTAにより補助金漬けの米国産トウモロコシが大量にメキシコに流入し、その直撃を受けたトウモロコシ農家が米国に不法移民せざるを得なくなっています。また、APECではAPECビジネストラベルカードというシステムを採用し、国境を超えて業務を行うビジネスマンがAPEC加盟国内への商用旅行の際に、ビザがなくても簡単に入国できるようになっていますが、これはあくまでも企業幹部などが対象であり、一般市民は蚊帳の外に置かれたままです。

世界社会フォーラム2003年(ブラジル・ポルトアレグレ市で開催)の様子

◀世界社会フォーラム2003年(ブラジル・ポルトアレグレ市で開催)の様子

 このような状況で2001年に発足したのが、世界社会フォーラムです。これは、スイスのダヴォスで毎年1月に開催される世界経済フォーラム(日本では「ダヴォス会議」として知られている)に対抗するものとして開催されていますが、上記のような大企業主導ではなく、あくまでも一般市民が恩恵を受けられるようなグローバリゼーションを目指しているのが世界社会フォーラムと言えるでしょう。「もう一つの世界は可能だ」をスローガンとするこの世界社会フォーラムが生まれたのが、社会的連帯経済が活発なことで世界的に有名なブラジルであることは、決して無関係ではなく、実際この世界社会フォーラムを通じて「もう一つの世界」の経済分野での具体例として連帯経済が紹介され、2003年に発足した労働者党のルラ政権の下で連帯経済が強化されていったことは忘れてはならないでしょう。

 さて、「もう一つのグローバリゼーション」では、具体的にどのようなグローバリゼーションを追及しているのでしょうか。これについては世界的に統一した見解があるわけではありませんが、社会的連帯経済関係者との長い交流を通じて私が体感したことを、以下いくつか書きたいと思います。

  • 世界市民として行動し、自国だけではなく世界全体が発展し、世界の誰もが豊かで安全な生活を営めるようにする。
  • 英語だけではなくさまざまな言語を学び、世界各地の文化の理解に努める(もちろん個人の限界はありますが)。社会的連帯経済と語学の関わりについてはこちらを参照。
  • 基本的人権や環境と調和した生活(エクアドル憲法で謳われている「ブエン・ビビール」)を尊重した経済発展に努める。
  • インターネットを活用して世界各地の友人・知人とのコミュニケーションを行い、世界各地のさまざまな知恵や実践例などを貪欲に学び、地元の実践例に取り入れる(逆に、日本のよい事例については英仏スペイン語やアジア諸語などで世界に積極的に紹介してゆく)。なお、社会的連帯経済での国際的な研究についてはこちらを参照。
  • 極力多国籍企業の利用を避け、連帯で結ばれた小規模農家や協同組合などの製品を購入する(フェアトレードやオープンソースの利用など)。
  • 世界のどこかで戦争や人権弾圧などの悲劇が起きた時には、可能な限り彼らと連帯し、連帯経済を通じて金銭的にも彼らを支援する。

 日本でも、一人でも多くの人たちがこのような「もう一つの世界」を実現する手段として、社会的連帯経済に関わり、日本国内のみならず諸外国の実践例と交流しながら日本国内の事例の発展に取り組むようになれば幸いです。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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