廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第47回

英国で進行中の通貨改革の取り組み

 今回は社会的連帯経済とは直接は関係ありませんが、その成長に大きな影響を与える通貨制度について英国で進行中の面白い取り組みがありますので、それについてご紹介したいと思います。

 現在の通貨制度が持続不可能な理由については、この連載の第18回ですでにご紹介していますが、その理由を簡単に紹介すると、以下の通りです。

  • 銀行融資としての通貨発行: 私たちが現金や預貯金などの形で持っているお金は、元をたどれば政府や地方自治体、民間企業や個人などが銀行からの融資として創造されたものです。銀行は元金のみならず利子をつけた返済を要求するため、常に社会全体では債務総額が通貨流通額を上回っており、常に誰かが新しく借金をしない限り、椅子取りゲームよろしく誰かが経済破綻を強いられます。
  • 複利による指数関数的経済成長の強制: 融資の返済の際には、元金だけでなく利子も支払う必要がありますが、この利子が直線的(1, 2, 3, 4, 5, 6…)ではなく指数関数的(1, 2, 4, 8, 16, 32…)に成長するため、無理な経済成長が強制され、そのうち破綻します。なお、自然界で指数関数的な成長を果てしなく続けるのは、ガン細胞だけです。
  • 貧困層から富裕層への富の再分配: このような利子は、個人的に借金をしていない人を含めて、誰もが間接的に負担しています。たとえば地下鉄に乗る場合には運賃の一部が、建設費にかかる利子の返済に充てられています。このような利子負担も計算に入れると、社会の大多数の人たちが利子収入よりも利払い額のほうが多いのに対し、一部の富裕層だけが儲かる仕組みになっています。

 この中でも、特に問題視されるのが最初に取り上げた、銀行債務としての通貨発行です。私たちは通貨発行というと、中央銀行(日本の場合は日本銀行)が一万円札などのお札を発行する状況をイメージしがちですが、日本を含む世界の大多数の国では通貨の大半は現金ではなく銀行預金として存在しており、多くの場合これらが実際に通貨=支払手段として使われています。私たちの日常生活でも、クレジットカードでの支払いや公共料金の銀行引き落としなどの形で、現金を使わずに決済を行うことは珍しくありませんが、このため現金のみならず銀行預金も通貨としてみなすことができるのです。実際、2014年10月現在での現金(紙幣やコイン)の流通高は91兆8447億円ですが、銀行の各種預金を含めた通貨供給量は1197兆5567億円となり、実に現金の約12倍もの通貨が銀行預金として存在しているのです(諸外国の数字についてはウィキペディアのこちらの記事を参照)。

 これら銀行預金が生まれる背景には、準備預金制度があります。法律により銀行は、預金額のうちごく一部だけを現金という形で保有しておけばよいため、預金者からの現金をベースとして、それをはるかに上回る額を貸し付けることで、通貨を創造することができます。現在の日本では預金の種類によってこの割合が異なりますが、それでも0.05%〜1.3%という非常に低い数字になっています(詳細はこちらで)。例えば、定期預金の総額が1兆2000億円までの小規模金融機関の場合は準備率が0.05%になっており、これにより定期預金を1兆円預かっている金融機関の場合、そのわずか0.05%(5億円)のみを現金として保有していればよいことになります。また、英国や豪州、カナダなどではそもそも準備預金制度が廃止されているため、手持ちの現金額に関係なく民間銀行は、好きなだけ通貨創造ができるようになっています(この件についてのウィキペディアの記事(英語))。

 このような準備預金制度により、実際に通貨を創造しているのはもはや各国の中央銀行ではなく、商業銀行となります。そして商業銀行は、実体経済のニーズとは関係なく、あくまでも自分たちの利益を最大化する目的で融資=通貨発行を行います。このため、バブルの時期には融資が必要ない人にまで積極的にお金を貸し出すのに対し、一旦バブルが崩壊すると貸し渋りや貸し剥がしに入り、債務を返済できない個人や企業が次々に破産に追い込まれてしまうのです。これにより、好景気のときには景気が過熱してインフレ気味になる一方、一旦不況になるとさらに通貨供給が制限され、デフレによりさらに企業経営が苦しくなる状態に追い込まれる、という形で、景気循環の波が激しくなるのです。

 また、どのような事業が融資を得られるのかを銀行が決定するこの制度下では、事実上銀行が各国経済の構造を決める役割を果たしています。銀行が製造業に積極的に融資する国では製造業が発達し、不動産に積極的に融資する国ではバブルが発生します。ロスチャイルド家による「私に一国の通貨の発行権と管理権を与えよ。そうすれば、誰が法律を作ろうと、そんなことはどうでも良い」という発言が残されていますが、まさに通貨発行権を握る銀行こそが、経済を握っていると言えるのです。

 この状況を問題視し、通貨改革の運動を巻き起こしているのが、英国にあるポジティブ・マネー(Positive Money)という団体です。この団体は、新経済学財団(New Economics Foundation)という財団のスタッフを中心として5年ほど前に発足しましたが、当初から債務としての通貨発行そのものを疑問視しており、研究書の出版や動画の制作、そして英国各地での講演会などを通じて、上記のような主張や、以下のような提案(こちらのサイト参照)を英国社会に伝える活動を続けています。

▲銀行制度へのシンプルな改革3つで経済を立て直せる? 英国ポジティブ・マネーの提案

  1. 民間銀行から通貨創造権を剥奪し、民主的で透明かつ説明責任のあるプロセスに戻す: 民間銀行が通貨創造権を握ると、好景気の時には通貨創造をし過ぎて金融危機を招き、景気が悪くなると貸し渋りや貸し剥がしにより通貨創造を控え、不況を長引かせたり失業を増やしたりします。このような銀行に通貨創造を任せることはできず、また規制もできません。このため、銀行から通貨創造権を剥奪して、より民主的で説明責任があり、誰が通貨創造権を持ち、どれだけ通貨創造が行われ、通貨がどのように使われたかについて、透明性により誰もが理解できるようなプロセスに移行する必要があるわけです。このプロセスの担い手がイングランド銀行になるのか、それとも新しい機関が設立されるのかはわかりませんが、いずれにしろ英国議会に対して説明責任を負い、権限の乱用を防止する仕組みが必要です。通貨量が多すぎるとバブルや金融危機が、通貨量が少なすぎると景気後退が起きるため、適切な通貨量が発行されるようにしなければなりません。
  2. 債務ではない形で通貨を創造: 債務としての現在の通貨の問題は前述した通りですが、そうではなく政府が通貨を創造すれば、誰も債務を負わなくて済みます。銀行融資ではなく政府国庫からの支出を通じて通貨が流通すれば、実際の経済を刺激し、雇用を生み、普通の人たちが債務を減らすことができるようになります。
  3. 金融市場や不動産バブルではなく実体経済に新しい通貨を注入: 現在は銀行が創造した通貨の大部分が金融市場や不動産に注入され、住宅価格が上がり富の不均衡が増している一方、雇用は生まれず、生活費が高くなり多くの人たちの生活が苦しくなっています。そうではなく新しい通貨では公的支出や減税、あるいは市民への直接給付という形で使用されるべきです。これにより通貨が非金融経済、すなわち実体経済で使われるようになり、実体経済が成長し、雇用を生み出すようになるわけです。

 今年(2014年)になってから、同団体の主張が幅広く認められるようになりました。まず3月には、同国の中央銀行であるイングランド銀行がその季刊報で、現在の通貨の大部分が銀行融資として発行されており、このため中央銀行である同銀行でさえ民間銀行による通貨発行を完全に制御できるわけではない点を認めました(季刊報の関連記事へのリンクはこちらおよびこちら)。次に、英国の経済紙フィナンシャルタイムズの主筆コメンテーターであるマーティン・ウルフ氏がポジティブ・マネーの主張に賛同し、2014年4月25日に「通貨創造権を銀行から剥奪せよ」という題名の記事を執筆しています。ウルフ氏はその後も同様の主張を行い、たとえば2014年9月9日には以下の講演を行っていますが、普通の社会運動家ではなく、金融界を熟知し、影響力のあるウルフ氏がポジティブ・マネーと協調していることは、特筆に値するでしょう。

2014年9月9日のマーティン・ウルフ氏の講演

 そして、何よりも注目されるのが2014年11月20日に英国庶民院で行われた、通貨創造に関する議論です。ポジティブ・マネーによる啓蒙活動が功を奏し、1844年以来実に170年ぶりに、英国の与野党の議員がこの問題に関して検討を行いました。正直なところ参加者はそれほど多いものではありませんでしたが、現在の通貨制度に問題があり、それを改革する必要がある点では、与野党を超えた合意が示されました。

2014年11月20日に英国庶民院で行われた、通貨創造に関する議論

 まず、保守党のスティーブ・ベイカー議員が問題提起し、民間銀行による通貨創造の諸問題、労働の対価としての収入と金融取引の結果としての収入の性格の違い、現在の通貨制度による富の集中、量的緩和の問題点などを指摘した上で、従来の通貨理論に挑戦する研究および暗号通貨(ビットコインなど)への財務大臣の関心を歓迎し、通貨制度改革に向けた英国政府の取り組みの継続を訴えました。さらに、地域通貨などの補完通貨の創造や流通への規制を撤廃し、これら通貨建ての取引の場合には付加価値税を免除したり、あるいは所得税などその他の税金を地域通貨建てで支払えたりするようにすべきだと主張しました。

 次に労働党のマイケル・ミーチャー議員が、英国では銀行からの融資が不動産投機にしか行かず産業振興にほとんど向けられていない点を問題視し、議会として投機ではなく産業振興のために融資を向けさせるべきだとして、具体的には昔の日本の窓口指導のようなものの導入や、民間銀行からの通貨創造の剥奪および中央銀行への同権限の一任を提案しました。基本的に、ポジティブ・マネーやマーティン・ウルフ氏の主張に沿ったものだと言えるでしょう。

 これに続いたのが保守党のピーター・リリー議員で、通貨創造についての英国知識層の無知が今回の危機を招いたと切り出し、銀行が自ら保有していない通貨を無から生み出し融資している点を指摘しました。また、経済危機により十分な通貨供給が行われていない現状を問題視した上で、特に貧困層に向けた通貨発行が必要だと訴えました。

 その後、労働党のオースティン・ミッチェル議員が銀行による通貨創造を政府が制限すべきだと訴え、量的緩和をすること自体は問題ないが、銀行の救済ではなく産業振興に振り向けるべきだと提案しました。保守党のザック・ゴールドスミス議員は、現在時点で低すぎる準備預金率の引き上げや量的緩和の産業への投資を主張していました。さらに、アンドリア・レッドソム大蔵省経済局長が、商業銀行による通貨創造やその問題点を認めたものの、ポジティブ・マネーの政府通貨の提案に対しては疑念を呈しました。なお、ポジティブ・マネー側では同局長に対して以下のような回答を寄せています。

 この英国議会での議論の内容自体は、ポジティブ・マネーの支持者にとっては正直なところ、それほど目新しいものではありません。しかし、ここで重要なのは、通貨創造に関する問題を英国議会が重要視し、今回の討論を通じて通貨制度改革に向けた議会内での取り組みが始まったということです。幸いにしてポジティブ・マネーの主張は与野党双方に理解され、双方から積極的な提案が出されたことで、ポジティブ・マネー側もこの内容を評価する記事をインターネット上で発表しています。

 ポジティブ・マネーの提案が今後どのような展開を見せるかは分かりませんが、通貨統合により自国内だけでは通貨制度の変革が難しいユーロ圏諸国と異なり、今でも英ポンドを使い続けている英国では、このような通貨制度改革が比較的やりやすいため、ポジティブ・マネーの動向に、今後も注目していきたいものです。

   ※さらに知るには

  • Money as Debt: 債務としての通貨創造について説明した古典的ビデオ(47分)。日本語版を含む各国語版が公開されている。
  • 97% Owned: 日本語版はないものの、英語字幕版が公開。ポジティブ・マネーのスタッフなどがインタビューに登場し、銀行融資として通貨が創造されている現状の問題をわかりやすく解説している。
  • 公共貨幣: 山口薫・元同志社大学教授のサイト。ポジティブ・マネーなど国際的な運動と連動して、主に日本国内で同様の活動を展開。また、こちらのスライドでその内容がわかる。

後記(2016年3月1日): この記事の執筆後にアイスランド政府に向け て”Monetary Reform – A Better Monetary System for Iceland“という報告書が 提出されましたが、この報告書の日本語訳が公開されましたのでご紹介します。こちらをご覧ください。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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