廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第75回

持続可能な通貨制度を作るには?──「通貨と持続可能性」を読む

 私のもともとの専門が補完通貨であることもあり、この連載では以前からさまざまな角度で通貨問題について紹介しておりますが、補完通貨の世界的権威であるベルナルド・リエター氏らが参加して、「成長の限界」を出したローマクラブの欧州支部から2012年に英語で刊行され、その後仏語版も出た「通貨と持続可能性」の要約から、そもそも持続可能な社会を作るためにどのような通貨制度が必要とされているのかについて、今回は考えてみたいと思います。なお、通貨制度に関する以前の記事は、こちらでご覧になれます。

「通貨と持続可能性」の表紙

◀「通貨と持続可能性」の表紙

 同書は、気候変動と金融通貨制度の面で人類が危機に陥っており、金融通貨危機に加え、少子高齢化による財政負担の増大のために、本来であれば必要な、化石燃料から再生可能エネルギーへの移行のための投資が十分に行われておらず、それにより気候変動の問題も悪化していることから始まります。次に、環境や社会を経済統計には現れない「外部不経済」と考えるのではなく、社会や環境の一部として経済をとらえなおすべきだという視点を強調した上で、通貨制度における3つの盲点、すなわち金利の徴収を条件とした中央の独占権力による発行、銀行融資=債務という形での通貨発行を疑問視しない点における資本主義と共産主義の類似性、そして中央銀行の創設を説明した上で、最初の問題に関しては複数の通貨が同時並行で使われた時代に社会が繁栄を謳歌したことを示しています。

 次に、現在の経済危機についての分析に移ります。現在の世界経済においては、実際の商品やサービスの取引よりも、為替取引や金融デリバティブといった取引が大半(98%)を占めており、銀行や通貨、それに国債の危機が全世界で頻発していることを述べ、さらにこの危機の解決のために政府が多額の国債を発行して銀行を救済したことで財政赤字がひどくなり、その解決策として国有資産の売却や国有企業の民営化などが進められたことが指摘されています。

 ここで同書は一旦経済分析から離れ、物理学の見地から現在の経済をとらえます。主流経済学では経済システムを閉じたシステム、すなわち外部環境との相互作用がないシステムととらえているのに対し、同書では外部環境との相互作用の上で機能する開いたシステムとして通貨をとらえることを提唱しています。また、生態系における効率=生産性と復元力=多様性が相反関係にあることを明らかにしたうえで、現在の経済では効率のみが重視されているためシステムが脆くなっており、一旦崩壊すると復元に時間がかかることが示されています。そして、現在の通貨制度が構造的に持続不可能である5点について、以下のように説明しています。

  • 好不況の波の拡大: 好景気の際には銀行が積極的に貸し出すことで景気が過熱気味になりバブルを生み出す一方で、不景気になると銀行が貸し渋りや貸しはがしを行い、恐慌へと悪化してしまう。
  • 短期的思考: 複利によって将来資産となるものの現在価値は下落するため、長期的な投資よりも短期的な投資のみに資金が投入されることになる。
  • 成長の強制: 元金に加えて複利で金利を返済しなければならないため、指数関数的=ネズミ算式の成長が必要となるが、有限な地球において指数関数的な成長は物理的に持続不可能。
  • 富の集中: 中産階級が減りつつある一方、ごく一部の上流階級と貧困層が増えつつあるため、中産階級の消費を基盤とした経済成長にも悪影響が出ており、民主主義そのものの存続も脅かされている。
  • ソーシャル・キャピタルの解体: 相互信頼や協力といったソーシャル・キャピタル(社会信用資本)が、競争や富の集中などといった現代資本主義の論理において崩壊している。

 さらに、通貨制度と権力との関連についても紹介されます。通貨をめぐっては議会、徴税官僚組織、政府債務と中央銀行という権力の四角形が存在し、この関係が歴史上変わってきたことが説明されます。たとえばフランスでは1973年まではフランス政府が直接フランス銀行に国債を売りつけて融資を受けることで無利子で借り入れることができました。現在ではそれができなくなっているものの、仮に今でも可能であれば、2009年現在のフランスの政府債務は対GDP比で実際の78%ではなく、わずか8.6%だったことが示されています。この連載の第47回で紹介した通貨改革制度(リンクは上記)については、通貨制度における多様性=復元力の強化に寄与しないことなどの理由から同書では批判的であり、1971年にニクソンショックにより金本位制が完全に廃止されてからは、通貨の価値は納税義務とつながっているとしています。言い換えれば、誰もが納税という義務を果たすために法定通貨を必要としているわけです。

同書の主要著者ベルナルド・リエター氏(2014年4月にバルセロナ市内で撮影)

▲同書の主要著者ベルナルド・リエター氏(2014年4月にバルセロナ市内で撮影)

 このような状況を述べた後で、以下の9つの補完通貨の導入シナリオが提唱されています。

  • ドラランド: 市民同士が教え合うことで市民による生涯学習を推進するための道具。
  • 健康トークン: 健康によい行動に褒賞を与えることで予防医療を推進し、社会全体の長期的な医療費を削減するための道具。
  • 自然貯蓄: 樹木への投資を推進する補完通貨。
  • C3: 中小企業が発行する約束手形を補完通貨化し、これにより中小企業間の資金繰りを改善し失業率を削減するプログラム(詳細はこちらで)。
  • テラ: ラテン語で「地球」を意味するこの補完通貨は、石油や鉄鉱石、小麦など国際貿易での主要取引品目を担保として発行され、為替レートの変更などのリスクから企業を守り、国際貿易における安定した決済手段として利用される(詳細はこちらで)。
  • トレケス: ベルギーのヘント市で2010年から実際に導入されている通貨。低所得層が多く住む地域で市民農園での作業に市民を取り組ませ、これにより発行された地域通貨で地域経済を活性化させている例。
  • びわ: 日本の滋賀県庁向けに行われた提案。琵琶湖の環境保全活動に取り組んだ県民に滋賀県から地域通貨びわを支払う一方で、滋賀県民であれば毎年一定額のびわを納税する義務を負わせるもの。時間はないが日本円の所得が多い人は、時間はあるが日本円の所得が少ない人から余ったびわを購入することになる(詳細情報はこちらで)。
  • Civics: 前述のびわ同様、市役所が毎年一定額での地域通貨納税を義務付ける一方で、一定の市民活動(NPOでの事務作業、高齢者介護など)を行った市民にはその地域通貨で支払いを行う。
  • Ecos: Civicsと同様だが、中堅以上の大企業に対して気候変動の防止のためのプロジェクトへの「納税」を義務付ける制度。

 現在の通貨制度そのものが、構造上持続不可能なものであるという前提は、まだ大部分の経済学者や政財界関係者に受け入れられているとは言えませんが、少なくても欧州ではこのような考え方が少しずつ受け入れられています。通貨改革については英国発のポジティブマネーのキャンペーンが少しずつ功を奏しており、英国のみならず他の国でも、アイスランド首相官邸が通貨改革についての報告書を出したり(2015年4月)、オランダ国会でも関連の議論が行われたり(2015年10月)、スイスでは銀行による通貨創造の禁止に関して国民投票が行われることになったり(2015年12月)と、既存の通貨制度そのものへの改革の機運が少しずつ高まっています。

 日本では、現行の通貨制度そのものが持続不可能であるという意識がそれほど強くないことから、このような議論がまだまだ成熟しているにはほど遠い状況にありますが、世界的経済危機が続き、日本政府の財政状況も好転が見られない状況では、従来の視点のみならず新しい観点から通貨制度をとらえなおした上で、今の日本が必要としている分野、特に子育てや高齢者介護のための財源確保を目的とした補完通貨制度の構築が必要ではないかと思われます。これを機会に、皆さんも一度現在の日本にふさわしい補完通貨制度について、お考えになってみてはいかがでしょうか。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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