廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第114回

スペインの社会的包摂企業

 スペインには社会的包摂企業という概念があり、全国各地で活動を行っています。第10回の記事で紹介した社会的企業とは似ているものの、その運営内容に多少の違いがありますので、それについて説明したいと思います。

 社会的企業も社会的包摂企業も、長期失業者や高校中退者、また薬物中毒者など社会的に疎外されている人たちの社会復帰に取り組むという点では共通していますが、諸外国の社会的企業ではこれらの人たちを中長期的に雇うのが目的になっているのに対し、スペインの社会的包摂企業では、基本的にこれら社会的に疎外された人たちを研修のために一時的に(半年から1年半前後)雇用し、最終的には別の民間企業への就職へとつなげてゆくのが目的となっています(もちろん、事務や会計、主任技師などそれ以外の職員は中長期的に雇用されていますが)。同じスペインでも精神障碍者を数多く雇って成功を収めているラ・ファジェーダについては第96回の記事で紹介しましたが、同組合はこれら障碍者を中長期的に雇っているため、国際的な基準で見た社会的企業ではあっても、スペイン的な社会的包摂企業ではないのです。

 社会的包摂企業は、法人格としては普通の企業あるいは協同組合ですが、その中でも以下の条件を満たしたものに対して社会的包摂企業という認定が行われるわけです。

  • 資本金の51%以上が推進団体(通常は財団)により拠出されたものであること。
  • 全労働者のうち、最初の3年間は30%、4年目以降は50%以上が、社会的包摂のための研修中の労働者であること。
  • 目的以外の経済活動をしないこと。
  • 毎年の事業収益のうち8割以上を、生産や社会的包摂関連の工場に投資すること。
  • 経済活動や研修生の就職状況などについての報告書を毎年提出すること。
  • 社会包摂のための道のりに必要な資材(事業所、各種製造機械など)を保有していること。

 また、社会的包摂の対象者としては、30歳未満の若者、包摂最低収入などと呼ばれる失業者給付の受給者やその受給期限が切れた者、薬物中毒者や元受刑者などが対象となると規定されています。これら社会的包摂企業は、包摂企業総連合会(FAEDEI)と呼ばれる全国連合を形成しており、同連合はスペイン17州のうち13州に支部を擁しています。

包摂企業総連合会のサイト

◁包摂企業総連合会のサイト

 個人的には、2016年8月と9月にバルセロナ市内にある社会的包摂企業3社を訪れる機会がありましたので、そちらの事例をご紹介したいと思います。

 まずは、バルセロナ市北部のトリニタート地区にあるトリニジョベ(トリニジョベ財団が直接運営)です。この地区は低所得者層や仕事のない若者が伝統的に多い地区であるため、倉庫管理者や高齢者・障碍者介護、溶接工に加え、ホテルのルームサービスやレストランのコックやウェイターなどという職業訓練を行っています(ちなみに、スペイン人は一般的に英語が苦手ですが、バルセロナには世界各地から観光客が多数訪れているので、観光客が多い地域で接客業を行うためには基礎的な英会話、場合によってはフランス語やドイツ語などの会話能力が求められています)。とはいえ、職業訓練だけを行っていては経営が成り立たないので、各種住宅のリフォームや清掃、電化製品の修理サービスやガーデニングなどのサービスを行って収入を得ています。その他、サッカーチームや芸術センターも運営しています。

△動画:トリニジョベ付属の芸術センターの活動の様子

 同包摂企業のユニークな取り組みとしては、オンラインでも聴取可能なコミュニティラジオ局を運営していることが挙げられます。このラジオ局は、1980年代にトリニタート地区の若者が同財団に提案したもので、1989年に同財団内にラジオ局が移転し、その後さまざまな変遷を経ながら今日に至っています。番組の内容としては、単に地域の話題や社会的疎外の問題のみならず、さまざまな社会問題や文化などを取り上げるものとなっています。

 次に、旧市街地からそれほど離れていない庶民地区にあるサルタ(同社はAREDと呼ばれる財団の傘下にある)ですが、主に繊維業(衣服、バッグなど: 一覧カタログはこちらで)とケータリングの分野で活動を行っています。同社は2015年には1246名に対処し、319名の就業に成功しています。とはいえ、これらの事業収益だけで経営を成り立たせることはできず、補助金や寄付などが経営を支える大きな柱になり続けています。

 また、直訳すると「職業訓練と労働」という意味になるフルマシオー・イ・トレバイ(Formació i Treball)は(同社はアミーガ財団の傘下にある)カタルーニャ州各地に拠点がありますが、その本部は、バルセロナ都市圏の中でも最も治安が悪いとされるラ・ミナ地区に近接しています。フルマシオー・イ・トレバイは古着などの回収・修繕および低所得層向けへの格安販売を行うほか、ホテルのルームサービスのための研修設備や、レストラン関連の研修設備も備えています。フルマシオー・イ・トレバイは D’ins という名前のレストランも実際に運営していて、そこでは研修中の若者が調理や給仕を担当していますが、最近この周辺に大学関係の研究施設が複数作られたこともあり、大学関係者などのお客さんで賑わっています。私も一度こちらのランチを食べたことがありますが、ごく一般的ながらも良質の食事だったことを思い出します(まあ、研修生が運営しているレストランなので、特徴のある料理を求めるほうが間違っていますが)。

 スペイン、特にカタルーニャ州でこれら社会的包摂企業が成長してきた背景には、各種支援が充実していたことも忘れてはなりません。スペインには一般の銀行とともに貯蓄金庫と呼ばれる金融機関があり、これら金融機関は一般銀行と同様の経営をする一方で、利益についてはオブラ・ソシアルと呼ばれる社会的事業に還元してきましたが、これら社会的包摂企業はオブラ・ソシアルの恩恵を多大に受けてきたと言えます。また、行政もこれら事例の支援に積極的に取り組み、各種補助金を通じてこれらの事例を支えてきたことも、これだけ繁栄している現状につながっていると言って過言ではないでしょう。

 また、基本的に同じ人を中長期的に雇う社会的企業と違って社会的包摂企業は、研修を終えて同社との雇用契約が切れた卒業生を受け入れてくれる雇用先探しにも奔走しなければなりません。どれだけ素晴らしいベッドメーキングやウェイターなどのスキルを身に着けたところで、仕事が見つからなければ元の木阿弥です。このため、社会的包摂企業は単に自社の経営に専念することはできず、あくまでもさまざまな外部者との協力を仰いだうえで事業を続けてゆくことが大切になるのです。

 社会的企業と社会的包摂企業の間には、確かに似ている点も数多くありますが、社会的包摂企業の場合には、基本的に一時的な研修期間という側面があることから、必然的な違いが数多く出てきます。この連載では韓国や香港など、比較的日本に近い諸国における社会的企業についても取り上げており、また日本でも最近は、韓国や香港などにおける社会的企業に対する理解が高まっていると思いますが、特にそういった事例に詳しい人であれば、一度スペインの社会的包摂企業を訪問されて、共通点や相違点を知ることができれば、かなり有意義な交流ができるものと思います。日本でこのような事例を作り出すことは難しいかもしれませんが、何かのご参考になれば幸いです。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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