廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第118回

里山資本主義と社会的連帯経済

 日本では社会的連帯経済という表現がほとんど使われない状況が続いていますが、比較的親和性の高いものとして最近登場した概念の一つとして、里山資本主義が挙げられます。今回は、社会的連帯経済やそれに関連した動きと里山資本主義について、比較してみたいと思います。

 里山資本主義は、資本主義という単語こそ使っているものの、従来の資本主義とは完全に異なる概念です。資本主義は、あくまでも企業に出資した資本家の利益を最大化するために企業活動を行うものですが、里山資本主義は、中山間地にある森林や田畑などの自然環境=里山資本を最大限に活用し(もちろん持続可能な形で)、生活に必要な資源を自分たちで生産してゆく運動だということができます。石油や石炭ではなく地域の森林からの木材を活用してエネルギー源や建築資材にしたり、耕作放棄地として見捨てられている田畑を再利用して地域での自給自足目的で米や野菜などを作ったりして、お金がなくても良質の生活を目指すのが、里山資本主義の目的だと言えるでしょう。2013年に発売された「里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く」がベストセラーになったことから、その後も里海資本論など関連書籍が発売され、里山資本主義という表現が日本社会に定着したのは、皆さんもご存じのとおりです。

書籍「里山資本主義」の表紙

◁書籍「里山資本主義」の表紙

 このような里山資本主義の考え方に最も似ているのは、第97回の記事でご紹介したブエン・ビビールでしょう。ブエン・ビビールは自然の恵みに感謝し、持続可能な形で使いながら、人間らしい生活ができるように活用してゆくというものですが、表現こそ違えども里山資本主義もまさに同じことを実現しています。日本から遠く離れた外国から資源を輸入するのではなく、日本の各地域にある資源を活用して、地元で生活している人たちのニーズを賄い、地元の人たちの生活を向上させるという取り組みは、まさにブエン・ビビールの精神だと言えるでしょう。

 ただ、里山資本主義を本格的に行うためには、私たちのライフスタイル自体も変革する必要があります。脱化石燃料型のライフスタイルを目指すトランジション・タウンズについてはこの連載でも何回か紹介してきましたが(第32回第113回)、これを実現するためには、単にガソリンではなくバイオマスや電気で動く自動車へと切り替えるだけではなく、コンパクトシティに向けた都市計画を行って中山間地でも中心街近くに集住したり、病院や商店街などへのバスを増便したりすることで、そもそもクルマなしでも十分に生活が成り立つ環境を整備することも大切になります。里山資本主義を皆さんの地域で実践される場合、上記の記事で紹介したトランジション・タウンズの手法を利用して、そのような可能性を模索することがカギとなることでしょう。

トランジション・タウンズの実践例を紹介した動画(日本語字幕あり)

 
 また、補完通貨(地域通貨)の導入も里山資本主義の中では語られていますが、当然ながらこの両者は理念的にかなり親和性が高くなっています。地域通貨は基本的に各地域のみでしか通用しないので、必然的に地産地消型の経済を促進することになりますが、これはまさに里山資本主義の哲学だと言えます。地域通貨(補完通貨)は世界的に見てもまだまだ発展途上の事例が多いですが、少ないとはいえ補完通貨によるマイクロクレジットにより新事業に融資し、地域経済の発展に実際に貢献している例もあるため、これらの例を研究したうえで、日本各地での応用につなげるという手もあります。

 しかし、何よりも大切なことは、「お金がないから何もできない」という考えから、「今はお金を支払って手に入れている商品やサービスを、自分たちで賄っていこう」という考えへと、意識改革を行うことでしょう。正直なところ今の日本ではこれはかなり大変なことですが、お金がなくても私たちのニーズが満たせるような社会になれば、それだけ豊かな生活ができるようになるというわけです。

 具体的に考えてみましょう。たとえば耕作放棄地がある場合、この土地で野菜を作って収穫すれば、当然のことながら食費が浮くことになります。太陽光発電のパネルを、自宅や車庫などの屋根に設置した場合、電気代が安くなったり、場合によっては無料になったりします。光熱費が下がればそれだけ生活に余裕が生まれ、子どもの教育費や老後に向けた貯金などに回すことができるわけです。また、コンパクトシティに住むことでクルマなしでも快適な生活が送れるようになると、自動車関係のコストが削減できるようになります。日本は今後も経済成長がそれほど望めず、限られた収入の中で生活をやり繰りしていかなければならない、またリタイヤしても年金だけでは十分な生活費を賄えない人が続出することを考えると、収入を増やすのではなく支出を減らすという観点から里山資本主義をとらえて、自分たちの生活を防御する手段として積極的に活用することが大切になるのではないでしょうか。

 この他にも、里山資本主義は地域の資源の活用に力点が充てられていますが、事業体の運営方法についてはそれほど述べられていません。それに対し、社会的連帯経済では組織の運営方法が注目される傾向にあり、具体的には民主的で、民族やジェンダーなどにも配慮することが求められています。里山資本主義では地場企業による取り組みも積極的に評価される傾向にありますが、社会的連帯経済では協同組合やNPOなど、外部株主のいない形態で労働者自身が経営にも参加し、労働に応じて賃金をもらうことが重要視されるのです。

 さらに、里山資本主義的な地域経済の発展に向けては、未活用の資源がないか、そしてそれにより地域のニーズを満たすことができないかについて、地域住民の間で話し合うことも重要です。これについては、第31回「地域経済の発展のためには?──地域経済を水桶にたとえて考える」でも取り上げていますが、地域経済における水漏れ(地域内で生産されていないことから、地域外からの輸入を余儀なくされている商品やサービス)について考えたうえで、水漏れを防ぐ方法、具体的には地産地消への転換について検討を重ねることになります。

 この他、社会的連帯経済における大切な要素としては、各地の実践例のネットワークを作って、オンラインおよびオフラインで各種交流の機会を作ったり、地方や全国の組織が各自治体や国の関係者に社会的連帯経済の推進を働きかけたりするというものがありますが、今のところ里山資本主義ではそのような動きは見られません。もちろん日本は北海道から沖縄まで自然環境が多様な国であり、必ずしもある地域の事例が別の地域の人にとって参考になるものではありませんが、各地域だけで完結するのではなく、日本全体、そして諸外国(ネットで検索した限りでは、台湾でも里山資本主義は刊行されているようです)間で交流を深めることにより各地の知恵を積極的にシェアすることができるはずです。

 里山資本主義は、社会的連帯経済とは異なる理念から生まれたものですが、このように社会的連帯経済と共通する要素を持ち合わせています。社会的連帯経済に消極的な英国で生まれたトランジション・タウンズが社会的連帯経済の文脈でも語られるようになったのと同じく、日本特有の文脈で里山資本主義を社会的連帯経済の運動に取り込むこともできるかもしれませんので、ご関心のある方はぜひお試しください。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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