廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第120回

社会的連帯経済の今後の展望

 2013年より月2回のペースで5年間続けてきたこの連載では、社会的連帯経済をさまざまな角度から紹介してきましたが、その全貌について一通り紹介し尽くした感があるのと、私自身が今後連載にそれほど時間を割けなくなるという事情があるため、残念ながら今回をもって打ち切りたいと思います。最終回となる今回は、社会的連帯経済についてこれまでの内容をまとめたうえで、今後の展望について書いてみたいと思います。

 社会的連帯経済、特に協同組合やNPOは、株主が支配する資本主義経済でも、国家が支配する社会主義経済でもなく、あくまでも組合員自身が自主運営する経済であるという特徴を持っています(詳細は第2回参照)。資本主義であっても社会主義であっても、そこで働く一般の労働者は基本的に経営に対して口を出す権利がなく、あくまでも雇われ人として経営者の命令に従うだけの存在ですが、そうではなく労働者も経営に参加するのが社会的連帯経済の根本概念なのです。1995年に改定された協同組合の7つの原則は、協同組合以外の社会的連帯経済の団体にも応用されることが少なくありませんが、その原則をここで紹介したいと思います。

 第1原則 自発的で開かれた組合員制
 第2原則 組合員による民主的管理
 第3原則 組合員の経済的参加
 第4原則 自治と自立
 第5原則 教育、訓練および広報
 第6原則 協同組合間協同
 第7原則 コミュニティへの関与

 協同組合運動自体は19世紀からの長い歴史があり、過去のものと思い込む人も少なくないかもしれませんが、近年においても興味深い動きが続いています。再生可能エネルギーの消費者協同組合が世界各地に広がっており(詳細はこちらで:日本語)、スペインではインターネット接続などの通信分野でも同様の協同組合が生まれています。特に消費者協同組合などの場合、企業側が自分たちの都合で押し付ける商品やサービスではなく、消費者自身が本当に欲しいと思う商品やサービスを求めることができるため、消費者自身が主体的に経済活動を生み出す主体として消費者協同組合にはもっと注目してもよいのではないでしょうか。

 社会的企業など(詳細は第10回第114回を参照)については、長期失業者や障碍者など雇用を得にくい人に雇用を提供したり、あるいは低所得者層向けに良質の商品やサービスを提供したりする存在として注目が集まっていますが、どうしてもその性質上経営体力が弱くなりがちです。社会的企業に対しての社会的認知度を高めたうえで、官民一体となった支援体制を整えることができれば、今後さらに社会的企業が世界各地で増えるものと思われます。

 フェアトレードについては、まだまだコーヒーが主流で、それ以外の商品についてはまだまだ市場は未成熟な状態ですが、それでも近年発展を遂げていますので、将来的にはまだまだ伸びる余地があると言えるでしょう。この業界は、一般的に農産物や民芸品のみを扱うものというイメージが強いですが、フェアトレードの精神で生産された、その名もフェアフォンというスマートフォンが欧州では登場しており、将来的には他の工業製品もフェアトレードの商品として発売される可能性があります。また、内なるフェアトレードとでもいうべき産直提携(第110回)は、日本で始まったものの今では諸外国のほうでむしろ活発になっているので、逆輸入をしたほうがよい時期に差し掛かっているかもしれません。また、フェアトレードに積極的な自治体を認定するフェアトレードタウンは世界に広がっており、日本でもわずか4都市(熊本市、名古屋市、神奈川県逗子市、静岡県浜松市)とはいえ認定されていますので、今後さらなる進展が期待できます。

 トランジション・タウンズ(詳細は第32回第113回を参照)は、直接社会的連帯経済と結びついているわけではありませんが、社会的連帯経済と親和性の高い社会運動であり、特に地産地消型の新しい事業を興してゆくという点では地域開発とも密接な関係にあります。日本でもわずかながら始まっている動きですので、皆さんのお住まいの地域でも始めてみてはいかがでしょうか。

▲ “In Transition 2.0”
(画面下の歯車マークから字幕を設定すると日本語字幕が表示されます)

 倫理銀行関係は、欧州では関心の高まりを受けて数億ユーロから十億ユーロ程度の総預金額を誇る団体が出始めていますが、日本でこれに相当する運動であるNPOバンクはまだまだ非常に知名度が小さく、総預金額も数億円程度となっています。銀行を含む大企業に対する信頼が大きいのが日本社会の特徴であることを考えると、ある程度は仕方ないとも言えますが、自分たちが望む事業を自分たちの資金で作っていくという感覚が生まれることを期待したいと思います。

 社会的連帯経済関係の公共政策ですが、日本ではどうしてもNPOだけが話題にのぼる傾向にあるため、支援政策もNPO中心になりがちです。とはいえ、その支援政策の範囲を社会的連帯経済全体に広げるだけで、社会的連帯経済の支援は比較的簡単に実現可能であり、実際韓国のソウル市ではそれを実現しています(詳細は第99回の記事で)。あまり気難しく考えず、NPO支援の延長として社会的連帯経済の支援政策を立案するだけで、かなりのことができるはずです。

 また、国連関係機関による社会的連帯経済の推進政策にも注目する必要があります。国連というと私たちの生活から遠い存在という気がしますが、日本も国連加盟国であり、持続可能な開発目標(詳細は第93回の記事で)が話題になり始めていることからも、無縁ではないことがわかります。国連関係の動きに注意を払ったうえで、参加できる活動に参加したり、国連関係機関と協力して日本で推進政策を作ったりするなどの可能性を模索してはいかがでしょうか。

2009年11月に東京の国連大学で開催された第2回アジア連帯経済フォーラム

▲2009年11月に東京の国連大学で開催された第2回アジア連帯経済フォーラム

 最後になりますが、今後の日本で社会的連帯経済を運動として盛り上げてゆくには、いくつかのカギがありますので、それを以下列挙したいと思います。

  • 全国ネットワークおよびその支部を結成して、日本各地において社会的連帯経済の啓蒙・PR活動などに取り組む。特に支部では、加盟団体間で協力して新たな事業を始められないかどうか検討することも忘れてはならない。
  • 地方自治体が創設済みの各種NPO支援センターを、社会的連帯経済支援センターに改組するよう働きかける。
  • 世界各地で開催される社会的連帯経済関係の会議に参加して、世界の実情を知り世界の関係者との人脈を作る。アジア地域では韓国や香港、フィリピンなどが比較的積極的だが、特にアジア以外の関係者と交流を持つ場合、英語が苦手な人が多いので、フランス語やスペイン語に堪能な人を活用することが大切。
  • 市民側での意識改革も大切。トランジション・タウンズの活動を参考にして、草の根の運動として社会的連帯経済を活性化することも忘れてはならない。また、この際に地域経済を水桶に例えたワークショップ(詳細は第31回で)を実施して、地域住民が本当に何を必要としているのか見極める。
  • ブラジルの教育学者パウロ・フレイレが書いた「被抑圧者の教育学」(詳細は第6回で)は、社会的連帯経済を推進するうえでの心構えを理解する上でカギとなる。かなり難解な本だが、ゆっくり噛み締めて読んで、社会的連帯経済の実現にどう応用できるか自分たちの頭で考えるトレーニングをすると、中長期的に大きな違いが出てくることは確実。

 この5年間、私の連載に付き合っていただきまして本当にありがとうございました。

  なお、この連載の過去ログ一覧は、こちらで閲覧可能な状態にしておきますので、今後もご覧いただければ幸いです。来年1月以降は「パラダイムシフト──社会や経済を考え直す」と改題して、月1回に連載の頻度を抑えたうえで、社会的連帯経済の枠組みにとどまらないさまざまな世界の潮流をお伝えしてゆきたいと思いますので、今後もよろしくお願いします。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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