パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第09回

グローバルコンパクトについて

 国連による持続可能な開発目標については、私の以前の連載(第93回)で取り上げており、また日本社会でも少しずつ話題にはなっていますが、同じく国連により提唱・推進されているグローバルコンパクトについてはまだまだ知られていません。今回はこのグローバルコンパクトについて紹介したいと思います。

 グローバルコンパクトは、知名度こそ低いものの、持続可能な開発目標やその前身であるミレニアム開発目標(2000年採択)よりも前の1999年に採択されています。人権、労働、環境そして腐敗防止という4つの枠組みから以下の10原則を立案し、企業が社会的に責任のある行動を推進しています。

  • 原則1:人権擁護の支持と尊重
  • 原則2:人権侵害への非加担
  • 原則3: 結社の自由と団体交渉権の承認
  • 原則4: 強制労働の排除
  • 原則5: 児童労働の実効的な廃止
  • 原則6: 雇用と職業の差別撤廃
  • 原則7: 環境問題の予防的アプローチ
  • 原則8: 環境に対する責任のイニシアティブ
  • 原則9: 環境にやさしい技術の開発と普及
  • 原則10: 強要や贈収賄を含むあらゆる形態の腐敗防止の取組み
グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパンのサイト

◁グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパンのサイト

 人権については、各国の法制度の枠を超えて世界中どこでも普遍的に適用される原則として1948年に採択された世界人権宣言が存在していますが、基本的にここで規定されている内容を遵守したり、他者がそれを侵害している場合に、それに加担しないようにする努力を行ったりすべきだというものです。前者については企業内で完結しますが、後者については取引相手が人権を尊重した雇用慣行を行っているかをチェックしなければならないため、時々取引相手企業を査察して状況を確認する必要があります。特に途上国のように政府があまり人権保護に積極的ではない場合、企業はこのような状況を悪用し、現地の緩い法律を守っているから、あるいは現地政府が検査しに来ないからといって労働者の人権を無視した経営を行いがちですが、そうではなく国際的な基準を守り、また別の国に進出する場合にはその国独自の人権基準がないか確認する必要があるというものです。

 次に労働についてですが、これについては1998年に採択された「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言とそのフォローアップ」が基盤になっています。この文書は短いもので、基本的に以下の4点を守るよう企業に要請するものとなっていますが、この文章がほぼそのままの形でグローバルコンパクトの原則3から原則6に反映されていることがおわかりかと思います。

  1. 結社の自由及び団体交渉権の効果的な承認
  2. あらゆる形態の強制労働の禁止
  3. 児童労働の実効的な廃止
  4. 雇用及び職業における差別の排除

 環境については、セヴァン・スズキの伝説的な演説で有名な1992年のリオサミットで「環境と開発に関するリオ宣言」「国際アクション・プラン(アジェンダ21)」(英語)が基盤になっています。リオ宣言は27の原則から成り立っていますが、その第3原則 「開発の権利は、現在及び将来の世代の開発及び環境上の必要性を公平に充たすことができるよう行使されなければならない」は、1987年に発表されたブルンドラント・レポート(英語)における「将来世代のニーズを損なうことなく現在の世代のニーズを満たすこと」という持続可能な開発の定義を踏まえており、経済的に比較的余裕のある先進国が中心となって環境対策を行ったり、各環境問題の処理にあたってはその関係者が全員参加して解決策を探ったりなど、さまざまな事項が提唱されています。アジェンダ21は全40章から構成され、英語版で355ページにも及ぶ非常に長い文章ですが、社会や経済、資源管理、主要グループ(女性、子ども、先住民、NGO、地方自治体、労組、企業や学術機関)の役割、そして実施方法について詳しく記載されています。

 最後に腐敗防止についてですが、これは自国内だけではなく進出先の国においても行ってはならないというものです。グローバルコンパクトが制定された1999年時点では、国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約(1997年制定、OECD)しか国際的な条約としては存在していませんでしたが、その後腐敗の防止に関する国際連合条約が2005年に発効し、今では世界のほとんどの国がこの国際条約を締結しています。

 グローバルコンパクトは、企業の社会的責任(CSR)や公共財経済(以前の連載第48回を参照)などと近い概念です。CSRは、企業が活動を行ううえで周辺社会に迷惑をかけず、逆に周辺社会の向上に向けて積極的に協力すべきだという考えで、2010年に国際標準化機構(ISO)により社会的責任に関する国際規格(ISO26000)が制定されましたが、これはあくまでもガイドであり、こうすべきという国際的な決まりがあるわけではありません。その一方で公共財経済においては各種基準が細かく決められており、この運動が盛んなドイツやスペインなどではこの基準をもとにした企業の評価査定が始まっています。

 グローバルコンパクトについて話を戻すと、人権・労働・環境そして腐敗防止という4つの分野において、すでに国連で採択済みの条約をもとにして制定されたものであり、基準自体は総論的なものが多く、具体的な数値目標などが決められていない分野も多いとはいえ、それなりの基準が示されています。ただ、CSRや公共財経済と違い、国連というお墨付きがある概念ですので、特に行政に働きかけを行ったりする場合には使える道具だということができます。その際に、CSRや公共財経済の概念と組み合わせることで、よりよい運用ができるかもしれません。

△公共財経済についての説明動画(英語)

 とはいえ、取引相手の中でも顧客による人権侵害については、企業としてもその糾弾には二の足を踏みがちです。自社にお金を払ってくれる顧客を批判することでみすみす商機を逃すようなことは、企業は通常しないものです。特に政府による人権侵害の場合、事業の許認可権なども政府が握っているため、そのような政府に抵抗するのが難しい場合もあります。たとえばメッセンジャーサービスの提供会社が、そのメッセンジャーでの通信内容を全部、ある国の政府に提供するよう要求された場合、この情報提供は当然ながらプライバシー権の侵害になります。しかし、情報提供をしないとその国での事業が禁止されることから、事業拡大のためにやむなく人権侵害に走る場合も少なくありません。本来であればこのような政府に対しては中立的な国際機関が人権侵害を告発し、そのような政府の慣行を改めさせる権限を持つべきですが、残念ながら現在の国際社会はそのようにはなっていないという問題があります。

 労働についてですが、特に途上国における児童労働については、政府などが解決のために積極のために取り組む必要があります。ILO条約では基本的に18歳未満は就労してはならないと定めた上で、軽易な労働であれば途上国の場合12歳から、通常の仕事であれば14歳から就労を認めていますが、本当に貧しい家庭で生まれ育っている子どもの場合、12歳になる前に働き始めざるを得ないのが実情です。本来であればそれなりの年齢に達するまでは働かずに生活できる生活を政府が保証したり、子どもをきちんと養えるだけの最低賃金を政府が保証したりなどの政策が必要なのですが、諸事情からそのような政策が不可能な場合、やむを得ず12歳未満の児童であっても働かざるを得ない現実を変えるべく、企業のみならずその国の政府、そして場合によっては国際社会をも巻き込んだ何らかのアクションが必要だと言えるでしょう。

 いずれにしろ、社会や環境に責任を持った経営を企業が行う際の指針として、グローバルコンパクトは非常に有用なものであり、そのコンセプトについて各企業が一度吟味してみる価値があるものだと言えるでしょう。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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