パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第11回

共有経済の展望

 最近日本でも、共有経済(あるいは英語のままシェアリングエコノミーとも)という表現が頻繁に使われるようになりましたが、その一方でこの表現がさまざまな分野で使われていて、混乱が生じていることも現実です。今回は、この共有経済について整理したうえで、今後どのように発展するのか考察してみたいと思います。

 共有経済はもともと、オープンソースコミュニティの間で、利益を追求せずボランティア的な立場から、ソフトウェアやコンテンツを提供する事業を指すものでした。これらは企業による営利追求型の事業としてではなく、クリエーターたちが報酬を求めず自主的にコンテンツを制作し共有してゆくものであり、その代表例としてはLinux(ソースが公開されていて誰でも利用可能なオペレーティングシステム)、オープンオフィス(マイクロソフトオフィスと同等の機能を無料で提供)、そしてウィキペディア(ボランティアの執筆により作成されるオンライン百科事典)が挙げられます。また、画像などのコンテンツについては、青空文庫(著作権切れの文学作品を無料で公開しているサイト)やクリエイティブ・コモンズ(著作権そのものは保有するものの、一定条件下で自由な利用を認める制度)も登場しており、著作権を気にせずに誰もが自由に利用できるコンテンツが多数登場しています。

青空文庫のページ青空文庫のページ

 とはいえ、共有経済に属する実践例は、入会地などの形で昔から日本を含む世界各地で実践されています。伝統的な農村では世界どこでも、農地のように個人で管理すべき分野と、入会地のように地域社会の全員が共同管理すべき分野が峻別されており、後者については地域社会の全員が利用可能という意味で共有経済の一部と言えるでしょう。共有経済はこの概念をさらに広げて、それこそ国境を越えて世界だれでも同じリソースを利用できるようにしたものです。

 そして、インターネットの利用、特にスマホのアプリでのインターネット利用が一般化するようになると、そのような特性を利用したサービスも登場し始めました。たとえばクラウドファンディングは、オンラインで事業について説明することで、その事業に賛同した人から資金を集める手段として普及しました。Uberは、もともと1人でドライブする運転手の空き座席を活用することで、タクシーよりも割安な移動手段を提供するものとして登場しました。都市間移動の場合には、同じようなコンセプトで欧州ではblablacarが人気を博しています。Airbnbに代表される民泊も当初は、部屋が余っている人が観光客に部屋を貸し出すことで副収入を得られるサービスとして登場しました。

欧州を代表する都市間移動サービスBlablacar欧州を代表する都市間移動サービスBlablacar

 しかし、これら新しい事例の中には、その普及により新たな問題が発生したものもあります。Uberの場合、個人間のサービスが普及し過ぎたため既存のタクシー運転手の売上が減り、タクシー業界との間で大問題となっている他、逆にUberで生計を立てる人が増えた結果、交通量が増大して渋滞が深刻化しています。都市間移動の場合、競合相手は鉄道やバスといった既存の公共交通になりますが、往来が少ない地方都市間の移動など公共交通が発達していない場面では非常に役に立つ一方、鉄道やバスの既存路線がある場合、その路線の維持を脅かす存在になりかねません。さらに民泊については、本来は自宅の余った一室を貸し出す様式だったのに、いつの間にか専門の賃貸マンションが増加し、ホテル業界との間で軋轢が生じているだけでなく、賃貸マンションがせいぜい数日単位でしか宿泊しない観光客向け宿泊施設になり、元々の住民が追い出されることが少なくありません。特にベネチアやバルセロナなど観光客が殺到している都市では、この手のマンションの急増により地元民の住む場所が減っていて、大問題になっています。

 前者と後者の間では、大きな違いがあります。前者は利用者自身が運営しており、費用が発生する場合には利用者自身がそれを負担するのに対し、後者のサービスではプラットフォームを提供する民間企業があり、そこが利用者から料金を徴収することでシステムが成り立っています。この違いの意味について考えてみましょう。

 たとえば入会地の場合、そこの住民であれば薪や草などを手に入れることができますが、だからといって地域住民全体が必要以上の薪や草を入会地から手に入れた場合、その入会地が疲弊してしまい中長期的には使いものにならなくなってしまいます。このため地域社会全員で必要以上の資源を採取しないよう協定を決めて、全員がそれを守る必要があります。ウィキペディアはウィキメディア財団が運営しており、サーバー代などの費用は寄付で賄っている他、システム維持のためにボランティアによるさまざまな活動が行われています。両事例に共通することとして、入会地なりウィキペディアのサイトなりの機能の維持が運営の最大の目的であり、その運営から誰も利益を得ようとしていないという点が挙げられます。

 それに対し、民間企業が入るプラットフォームでは、それ自体が商売となります。たとえばAirbnbの場合、このサービスを利用して宿泊が決まるたびに一定額が手数料として入る仕組みになっています。UberやBlablacar、そして各種クラウドファンディングシステムについても同様で、あくまでも運営会社による営利事業として行われているという点は共通しています。当然ながらこれら運営会社の関心は営業利益の最大化であり、それ以外の点についてはそれほど関心がありません。すなわち、

  • Uberの場合: Uberの利用者が最大化することだけに関心。それによりタクシー運転手が失業しても、スマホが使えない人がタクシーを利用できなくなっても、またUber事業者が増えすぎて渋滞が起きても、Uber社としては儲けが出ている限り問題ない。
  • Airbnbの場合: 同サービスを利用して宿泊する客が増えることだけに関心。普通の賃貸よりも儲かるということで旅行客向けのマンションが増える一方、住宅難が発生するが、Airbnbとしては同サービスを利用して宿泊客が増える限り問題ない。
  • Blablacarの場合: Blablacarとしては基本的に利用客さえ増えれば問題ないとはいえ、少なくとも筆者の住むスペインでは中央政府や地方政府からかなり規制を受けている。まず、Blablacarは本来、せいぜい週1回程度都市間を往復する人(日本風にいうなら、例えば長野県に単身赴任している男性が、千葉県に住む彼女と会うべく金曜日の夕方に自家用車で移動し、逆に日曜の午後から夜にかけて長野県に戻る場合)が空いた座席を共有し、旅費を折半することというものだったが、日帰り可能な距離の都市間でプロとしてサービスを提供する人が急増したため、基本的に週1往復程度に制限されるようになった。また、今のところBlablacarのせいで列車やバスの運行が中止された例はそれほど聞かないが、仮に公共交通がなくなりBlablacarでしか移動ができなくなった場合、特に言葉の壁がある場合に予約が難しくなる可能性がある(スペインを旅行する日本人観光客の場合、ある程度スペイン語会話ができないと利用は難しい)。さらに、Blablacarでの出発地として人気のある場所で利用者を待つ駐車が相次いだことから、集合場所についても制限がかけられている。

 というわけです。クラウドファンディングは今のところ小規模(せいぜい数百万円程度)の事業への融資を得るものであるため、既存の銀行業との間でそれほど問題になっていませんが、その他の法的問題を解決する必要があるでしょう(当然ながら法律は国によって違うので、国ごとにその法令に見合った解決策が必要となりますが)。

 共有経済のうち前者(入会地やウィキペディアなど)については基本的に問題がない一方、後者についてはその運営会社が自分の利益だけを追求する結果、さまざまな問題が発生する可能性があります。運営会社自体がどの程度共有経済の一員という意識を持っているかは定かではありませんが、もし共有経済の性格を本当に認識しているのであれば、本来であればこれらのサービスの運営自体を非営利団体に任せて公共性を高める必要があると言えるでしょう。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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