廃黄河を行く
濱海・廃黄河口──忘却された大河の古影

濱海・廃黄河口──忘却された大河の古影

江蘇省には実に多くの湖や沼と池、そしてそこに水源を求める河や水路が流れている。ためしに淮北から淮南に向かって地図の上をたどってみると、湖には駱馬湖、成子湖、洪澤湖、高郵湖、太湖などがあり、大小河川や人工水路は無数と言っても過言ではない。湖は多くの場合、自然が作りあげた大小河川の水位の調整湖としての機能を担っている。たとえば淮安の西郊外に展開する洪澤湖は廃黄河、淮河、大運河などとつながっている… [全文を読む]
塩城──江蘇製塩の中心地

塩城──江蘇製塩の中心地

江蘇省をバスで移動していると、車窓には大小無数の水路が現れては消えていく。それらの中核を成すのが淮河と京杭大運河、そして廃黄河である。水路は古来、農地の灌漑用水に使われ、税糧や兵糧としての米を江南から京師(首都)に輸送し、専売品の塩を全国に流通した。廃黄河をたどる旅はいよいよ終盤をむかえる。今回はこれらの河と塩の関係をさぐるため、黄河故道からちょっと離れて省央の塩城市に向かう。南北に長大な沿海部を抱える江蘇省は、古来、塩の生産と流通で栄えた。早くも漢の武帝の… [全文を読む]
淮安──南船北馬の中継地

淮安──南船北馬の中継地

淮安は宿遷から長距離バスで1時間15分(約100キロ)の距離にある。淮安という名称には、淮水(淮河)が安寧であるように、という土地の人たちの願いが込められてきた。古来、淮水もまた黄河とおなじように氾濫をくり返し、沿岸の街や村を水没させて人々を苦しめてきたのである。暴れ河沿岸の悲哀と言えよう。汽車客運南站(長距離南バスターミナル)から1路バスに乗って黄河橋バス停にむかう。淮安市街の北端を西から東に流れる廃黄河に至近の停留所だ。1時間ほどの乗車中に京杭大運河と裏運河を渡り、繁華な市街をひたすら北に… [全文を読む]
宿遷──大運河と廃黄河が交響する街

宿遷──大運河と廃黄河が交響する街

徐州から高速バスで東南方向に1時間半ほど走ると宿遷の街に到達する。約130キロの道程には蘇北の茫洋とした風景がつらなっている。ちょうど徐州と淮安の中間地点にあるこの街は観光ルートから外れているので、市街地で外国人に出会うことはほとんどない。改革開放経済が実施される以前の1970年代までは、江蘇省北部の略称である「蘇北」という呼び名にはどちらかと言えば負のイメージがつきまとっていた… [全文を読む]
徐州──廃黄河と京杭大運河の邂逅

徐州──廃黄河と京杭大運河の邂逅

徐州の北郊には河幅が100メートルにも達する大運河が流れ、支流が市内の迎春橋のたもとで廃黄河と合流している。その水面を砂利や雑貨など比較的に付加価値の低い貨物を積んだ平底船が数珠つなぎになって静かに航行している。南北に分裂していた中華を統一したのは隋(581-618)の文帝だった。そして第2代の煬帝期には江南から大興(西安)、あるいは燕(北京)まで途切れとぎれの運河を繋いで大運河(京杭大運河)が… [全文を読む]
徐州──廃黄河と項羽の故郷

徐州──廃黄河と項羽の故郷

商丘の駅裏にある長途汽車站(長距離バスターミナル)から発して徐州に向かうバスは、途中で休憩しながら砿山、黄口、䔥県などの小鎮をたどってゆく。河南、安徽、江蘇の3省にまたがる殺伐とした農村風景が車窓に映る。路程は120キロ、中国の地理感覚からいえば、ちょっとお隣の街までというほどの距離だが、その行程は悪路もあるので思いのほか遠い。隣に座った田舎の学生風が心配そうに何度もなんども、徐州はまだですか、と聴いてくる。バスはやがて徐州西郊の廃黄河橋… [全文を読む]
商丘──天文観測と聖火の源

商丘──天文観測と聖火の源

黄河は中華民族の揺籃と語り継がれ、古来、中国の母なる河と称されてきた。河套とよばれるオルドス砂漠(内蒙古自治区)を大きく湾曲して西から流れてきたこの大河は中原の大地を果てしなく東流しながら潤し、黄河文明を育んで中国の歴史を開いた。河套の「套」は袋や衣服のポケットの意味で、ここでは河の流れが形成した袋状の大地の地理的な形状のことを指している。青海に源を発した黄河が中国の大地を西から北へ… [全文を読む]
商丘──北宋の応天府

商丘──北宋の応天府

黄河の水は中国の大地とおなじ色をしている。開封郊外の蘭考県挟河灘村で本流から分岐した廃黄河も濁った土色だ。黄土高原で大量の黄沙を拾って流れてきたからだろう。古来、黄沙は朔風にのって中原に吹きだまり、その高さは20~150メートルにも達するというからすごい。朔風の「朔」には「北」の意味があるから、北風のことを指している。中原に生まれて棲んだ漢族の気分になってみると、朔風は北方に位置する内蒙古のゴビ(砂漠)やオルドスあたりから吹き寄せてくる風だからまさに北風なのだ… [全文を読む]
開封──ユダヤ人コロニーと黄河の氾濫

開封──ユダヤ人コロニーと黄河の氾濫

河南省は漢民族の揺籃の地という意味で、中国の中心と言ってもよい。文明としての中華が発祥した黄河中下流域にひろがる広大な平原を形成し、「中原」とか「中州」(=文明の中心地)とも称される。そこはいま、とうもろこしやにんにくの畑が地平線までつづくかと思われる縹渺とした農耕地帯だ。その平原のど真ん中に開封という都市があり、黄河の恵みに育まれ、氾濫で翻弄された歴史や文化が横たわっている… [全文を読む]
開封──廃黄河の分岐点

開封──廃黄河の分岐点

青海省の奥地に源を発する黄河は甘粛省の蘭州をすぎると北へ流れを変え、寧夏から内モンゴル自治区に達したところでオルドス砂漠をまわり込むように大きく湾曲して南行する。陝西と山西、河南の省境に位置する三門峡で真東に90度方向を転換し、洛陽、鄭州、開封の北郊を一路沿海部に向かい、山東半島の付け根あたりで渤海に流れ込んでいる。ところが黄河は歴代、洛陽から開封にいたる地域で決壊を繰り返し、いく度も河道を変更して東流(あるいは南流)したことがある… [全文を読む]