私たちは、基本的に1つの通貨だけで(日本国内なら日本円だけで)生活することに慣れていますが、日本社会におけるさまざまなニーズを満たす上で、このような通貨制度は最適だとは言えません。このあたりについて、ちょっと考察をしてみたいと思います。

 日本語(そして中国語や韓国語でも)の経済という単語は、隋代に王通が書いた古典『文中子』の礼楽篇に登場する「経世済民」を起源としています。つまり、民衆の需要を満たすべく社会を運営すべきだ、という統治者の心構えを示していたわけです。その一方で、英語のeconomyの語源はギリシア語のοικονομία(オイコノミーア)ですが、この単語はοἶκος(オイコス、家)とνέμω(ネーム、経営)の合成語で、日本語に直訳すると「家政」となります。すなわち、自分たちの家=周辺環境を運営して、衣食住などの需要を満たすということです。

 古典中国語の経世済民とギリシア語のοικονομίαは、当然ながら全然別の哲学から生まれたものですが、両者に共通する点としては、あくまでも私たちの需要を満たすために経済活動を行うことが挙げられます。たとえば、お米や野菜や卵などを生産するのはそれを食べたいと思っている消費者がいて、建設作業や事務作業などを行うのはその作業を必要としている会社があるからであり、需要がなければ生産しても意味はありません。どれだけ高性能のストーブであっても、東南アジアなど一年中暖かい地域では売れませんし、宗教により豚肉が禁じられているイスラム圏では、いくら良質の黒豚であっても経済的には無価値です。少子高齢化が進んだ地域ではベビーカーはそれほど売れないでしょうし、学習塾を開いても生徒は集まらないでしょう。

 しかし、現在の日本においては、これら経済活動は基本的に日本円を使って行われます。この日本円が、経世済民やοικονομίαという概念に沿って発行・流通されているかどうか検討してみましょう。

 現在の日本円は、その大部分が民間銀行により信用創造されており、現金ではなく銀行の預金残高という形で存在しています(詳細はこちらを参照)。日銀によると2016年5月現在での現金の流通高は91兆1672億円にしか過ぎないのに対し、各種銀行預金を合計すると(M3)1256兆2974億円ものお金が存在しています。実に、日本に存在する現金の13.78倍もの預金が存在しているのです。英国ではこの現象がさらに激しく、存在する英ポンドの97%が民間銀行により信用創造されていることを、英国の中央銀行であるイングランド銀行自身が認めています。現在の日本では準備率(貸し出したお金の総額に対する現金の割合)が、1.3%~0.05%と非常に低くなっています。また、英国や米国、カナダや豪州、そしてニュージーランドでは準備率自体が撤廃されているので、銀行は預金額を気にすることなくいくらでも貸し出せる=通貨創造できるようになっているのです。

▲通貨制度改革を提案した英国ポジティブ・マネーのビデオ(日本語字幕付き)

 この状況が意味するところについて、ちょっと考えてみましょう。サラリーマンがもらう給料や喫茶店のマスターがお客さんからもらう代金などは、その出自をたどっていくと大抵、民間銀行にたどり着きます。民間銀行が企業や個人に対してお金を貸したり、あるいは国債や地方債を買ったりすることでお金(流動性)が銀行から一般社会へと流通するようになり、このお金を使って私たちは日頃の生活を行っているのです。

 しかし、ここでの最大の問題は、民間銀行によってこのような通貨発行はあくまでも利潤追求のための営利事業であり、儲からない場合にはお金が発行されない(貸し渋り)どころか、不良債権化を恐れて融資の即時返済を要求する(貸しはがし)ことさえあるという点です。バブル期のように儲かる時期には銀行は不動産投機にお金を貸しまくってバブルをさらに過熱させ、住宅価格が高騰する一方、バブルがはじけて不況になると貸し渋りや貸しはがしを行い、通貨流通量を減らしてさらに景気を悪化させてしまう傾向にあり、経世済民やοικονομίαの理念とは無縁であることがおわかりいただけるでしょう。

 このように、現在の通貨制度は基本的に資本主義企業である民間銀行によって営利目的で行われていますが、それ以外の形での通貨の発行や流通の可能性を探ってみましょう。

 社会的連帯経済による地域通貨(補完通貨)については第20回第22回の連載で事例を紹介していますが、これら事例に共通する点としては、非営利目的で通貨が発行・管理されているという点です。もちろん、運営側としては運営経費を賄うためにある程度の手数料などを徴収する必要がありますが、それでも儲けを出す必要はありませんし、それ以上に景気動向に関係なく適正量の通貨供給を行うことで、経済を安定化させることができます。補完通貨の中でも最大級の事例であるスイスのヴィア銀行については、スイス経済が好調なときには活動が縮小する一方、スイス経済が景気後退を迎えると活動が盛んになることで、相互補完的な関係を築いているという研究があります。経済活動に必要な通貨を供給するという点では、このヴィア銀行はまさに経世済民やοικονομίαの理念を体現していると言えるでしょう。

 また、現在の通貨制度の問題について、公共部門から眺めてみましょう。当然のことながら、通貨流通量が景気の動向に左右されることから、特に不況時にはさまざまな問題が発生します。経済活動が鈍って税収や社会保険料収入が減るだけではなく、税金や年金を払うための通貨流通量そのものが減り、企業は他の費用を削ってこれらを負担する必要に迫られます。公共部門としては、景気の波に関係なく教育や福祉などのサービスを提供する必要があるのですが、そのサービスを提供するための通貨の流通に左右されているとしたら、これはかなりの矛盾ではないでしょうか。

 この矛盾を解決するには、行政自体が通貨を発行するという手が考えられますし、世界を見渡すといくつか興味深い事例があります。オーストリア・ヴェルグル市の労働証明書は法定通貨を担保に行政が発行した減価する通貨ですが、これにより地域経済が回復し、滞納されていた税金も支払われるようになりました。アルゼンチンでは経済危機の際に各州政府が補完通貨を発行し、法定通貨であるアルゼンチン・ペソと同様に流通していました。行政自体が通貨を発行する場合、税金や年金、国公立大学の授業料や高速道路の通行料などとしてこの通貨を使えますので、過剰発行しなければ現在の民間銀行発行通貨の問題点をカバーすることができるのではないでしょうか。また、第47回の記事でも政府による通貨発行について取り上げましたので、こちらをご覧いただければ幸いです。

 ただ、一般の人は通貨=貯蓄可能と考える傾向にあるので、このような減価する貨幣を通貨として扱うことに抵抗を覚える人も少なくないのではないかと思います。このため、通貨ではなくポイントという表現を使って一般の方の抵抗を弱めた上で、日本円とポイントとの二重通貨制度を導入するわけです。民間銀行の論理で発行される日本円は主に中長期の貯蓄のために使われる一方で、子育て支援や老齢年金などフローが重要になる部分ではポイントを活用することにより、両者のバランスを取れるのではないでしょうか。

 民主党政権下で一時期子育て給付が話題になりましたが、個人的にはこの考え方をさらに発展させて、急激に(週2%)減価するポイントとして子育て支援ポイントを導入することを検討してみてはどうかと思います(図参照)。SUICAやICOCAなどのカードで読み取り可能なポイントとして、18歳未満の子どもを持つ家庭に、子ども1人あたり毎週3000ポイントずつ支給するかわり、このポイントを急激に(週2%の割合で)減価させることで、このポイントを持っている企業や個人がこの費用を負担することになります。2014年10月現在の日本における18歳未満の人口は約1980万人ですので、毎週594億ポイントが支給される一方、毎週2%ずつ減価するため、通貨流通量は2兆9700億ポイント以上にはなりません。そしてこのポイントが毎週1回使われたと仮定すると、なんと約154兆ポイントもの経済効果を生み出すことになります。2015年度の日本のGDPが500兆円ですので、その3割以上もの経済効果となるわけです。また、この制度が仮にうまく行かない場合でも、このポイントによる納税や年金の支払いを受け付け続けることで、これらポイントはすぐに回収され、誰かがババをつかまされることはないのです。

減価する子育てポイントの提案

◀減価する子育てポイントの提案

 また、いわゆる「トリクルダウン効果」も、この減価する貨幣では期待できます。通常の日本円の場合、手許に持っていても価値が減らないので富裕層にお金が貯まる傾向にありますが、手許に持っていても減価して損するだけのこの減価する貨幣であれば滞りなく流通するため、やがて低所得者層を含む社会全体にその富が広く行き渡ることになるのです。いずれにしろ子育て給付金や老齢年金などを安定的に支給できれば、これこそまさに経世済民やοικονομίαと言えるはずです。

 営利追求型の民間銀行による通貨発行ではなく、社会的連帯経済や行政により並行通貨がきちんと発行され流通するようになると、経済の活性化に加えて、景気変動の波や貧富の格差などの問題が解決することができるようになります。誰もが潤う経済体制を目指すべく、通貨制度に関心をお持ちいただければ幸いです。