〔粉丝 fěnsī〕芸能人などのファン、もしくはSNSなどのフォロワー

微博の「学习粉丝团」(習近平主席に学ぼうファンクラブ)のポータルページ。「学习」とは「習主席に学ぶ」と「学習」をかけている

◀微博の「学习粉丝团」(習近平主席に学ぼうファンクラブ)のポータルページ。「学习」とは「習主席に学ぶ」と「学習」をかけている

もともとは食品を指す言葉

 「エイプリルフールに当たる本日は、実は香港の銀幕のスター、張国栄(レスリー・チャン)がなくなってから11回目の命日に当たる日だ。11年前の2003年4月1日、レスリーは香港マンダリンホテルから転落、帰らぬ人となったのだが、このニュースが全ての華人社会に衝撃をもって受け止められたのは記憶に新しい…(中略)。11回めの命日を迎えようとする昨日、世界中から多くのファン(粉丝)が同ホテルに集まり、花を手向けて故人を偲んだ…(中略)。レスリーのフェイスブックでのファンクラブ(粉丝团)ページでは、レスリーが60歳を迎えるはずだった2016年に彼を記念するミュージカルを製作してはどうかという提案が出ている…」(2014年4月1日付台湾紙・自由時報)

 そうだった…。この情報は今回の原稿を書くために偶然発見したのだが、香港映画を中心にスターの名をほしいままにしてきたレスリー・チャンが死んでからもう11年も経つのだ。彼が「男同志」であることは公然の秘密であり、突然の死にもそれは関係しているとされたが、それにしても早すぎる死にショックを受けたものだった…。

 という感傷は今回の論考ではさておくこととして、大事なのはここで使われている「粉丝」という、比較的新しい用法の中国語単語だ。もちろん、もともと「緑豆などのデンプンを用いた線状の食品」(現代漢語詞典第6版)つまり「春雨」として知られてきた。しかし現代漢語詞典第6版は「粉丝2」として「有名人に恋い焦がれ、崇拝する人」という説明を載せている。つまり冒頭の記事で使われている事例はこちらの方の、すなわち「ファン」の意味になる。だが、なぜ「春雨」から「ファン」の意味としても使われるようになったのだろうか。実はこの単語は英語のfanではなく、その複数形のfansを音訳しているというのが定説なのだが、それにしてもなぜ単数形のfanではなく、複数形のfansを基にしているのだろうか。

やはり香港・台湾経由で流入

 「粉丝(fans)在中国的接受流变研究」(=”粉丝”という単語の中国における受容とその意味変容、筆者 马孝幸・辛红娟、文史天地理論月刊2013年第2期)などによると、それは、前回取り上げた「同志」と同様に、どうやら香港が一つの中継地点となっており、それを基に台湾で若干先行的に使われだしていた訳例が、少し時間をおいて中国大陸で広まったという経緯があるためのようだ。

 同論文などによると、fansは90年代の中国大陸において、「你是fans 吗?(あなたはファンですか)」のように英語をそのまま中国語の中に混入させる形で使われていた。この状況に変化をもたらしたのは、1997年の香港の中国返還であり、これ以降香港で独自に訳された英語の中国語訳による単語が大量に流入してきた。香港では複数形のままfansを「番仕」もしくは「番屎」と訳しており、90年代末にはこれがそのまま中国大陸で使用されていたようだが、特に後者の訳し方では「品がない」との指摘も出ていたという。

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◀「超级女声」でのファンによる応援風景(youtubeから)

 一方、台湾でも香港のfansを受けて中国より一歩早く「粉丝」の表現が2000年代初頭には定着していたとされる。それは中国大陸にこの言葉が入るより前の2002年11月に「姐妹姐妹站起來!『粉丝』总动员」(女たちよ立ち上がれ! 「ファン」総動員)という記事が台湾の「表演芸術」誌に掲載されていることから裏付けられる。そして同じ2002年に女性実業家、林資敏による著書「抓住怪怪的粉丝(FANS)──视觉行销策略」(とりとめのないファンたちをキャッチせよ―ビジュアル販売戦略)という本が台湾で出版されるのだが、早くも翌2003年8月にはその簡体字版が中国国内で出版・販売され、これが「粉丝」という言葉が中国大陸に上陸した最初とされている。

 もっとも、「粉丝(fans)在中国的接受流变研究」はその前の2003年6月の「梁朝伟老师和刘嘉玲老师苦恋十数载而瓜不熟蒂不落令我这样的粉丝儿着急不已 」(実らないトニー・レオンとカリーナ・ラウの十数年の苦恋 ファン焦りまくり)という「南方都市報」の記事も紹介しており、こちらのほうが若干早いことになるようだ。とはいえ、「南方都市報」自体、香港にほぼ隣接する広州を本拠に発行される、ずいぶん革新的な新聞なので、この時期に同紙がこの用語を使用していたとしても、それは中国全土から見ればかなり早い段階といえそうだ。この言葉が中国大陸全体に定着するようになるには、2004年を待たなければならない。

「超级女声」とともに定着へ

 2004年はいかなる年であったかというと、歌手を目指す若い女性の登竜門ともいうべきテレビ番組「超级女声」(スーパーガール)が中国の衛星テレビ局・湖南衛視で始まった年である。1990年代以降中国ではメディア事業の市場化が本格化したこともあり、各地の地上波局が衛星を利用して中国全土で視聴可能になり収益重視に転じていくが、「超级女声」はその牽引役とも言える番組だった。米FOXテレビの “American Idol” や英BBCの “X-Factor” と共通するフォーマットを使った、勝ち抜きオーディション番組だが、この2つを知らない向きには、かつて70年代に日本で放送されていた「スター誕生」がもっと熱気を帯びたものと考えればいいだろう。

 この番組が中国で浸透していくにつれ、「粉丝」という言葉も若年層から一般向けに定着していったと言えそうだ。勝ち抜きを繰り返していく素人出身の出演者に対するファンの数は毎週膨れ上がっていき、こうしたファンに対し「粉丝」という表現がなされるようになっていったのだ。この番組から巣立っていった人気歌手、例えば李宇春の「粉丝」などは特に熱狂的であり、特に彼女のファンに対しては「玉米」(yùmǐ)といった派生語まで生まれることになった。

 この「玉米」、もともとは宇春の熱心的なファンを示す「宇迷」(yǔmí)と同音である。この例が示すように、もともと現代中国語ではある特定の人物のファンであるとか、ある特定の対象への没入度を示す言葉として「~迷」という表現が用いられてきた。しかし筆者は、当事者である中華系の人々とおそらく同様、「~迷」より「粉丝」の方が現代の中国社会にふさわしいものであると考える。

 この2つの差異についてはいろいろ論じられているようだが、筆者としては「~迷」というのは必ずしも集団ではなく個人の指向性というか個人的趣味を強く打ち出した言葉のように思える。それに対して「粉丝」は、もともと複数形のfansを音訳しているということにも現れているように、集団化したファンの存在を最初から念頭に置いているのではないだろうか。冒頭の新聞記事で引用した、レスリー・チャンのフェイスブック上ファンクラブが「粉丝团」という言葉を使っていることからもそれは類推できる。

 さらに、この言葉がツイッターや微博などSNSのフォロワーに対しても用いられていることから、かつての一般人からスターへの心理的距離より短い距離の対象、より親近感のある相手にも用いられる傾向があると思われる。そして、こうした「~迷」から「粉丝」への変容は、都市部を中心にした経済成長とともに、消費社会の本格化・変容・成熟というものを象徴しているのではないか、と筆者は個人的に考えている。