jiao mai wan / photo by 張全 胡同に住んでいて楽しいことは多々ある。五官でいえば、目、耳、鼻、舌などは、もう面白いことだらけだ。といっても、すべてを説明しようとすれば、いくら紙面があっても足りないので、今回は「耳で愉しむ胡同」についてお話したいと思う。

 まずは朝。目覚めて、しばらくすると、外から
「羊肝、羊肚、羊雑碎(ヤンガー、ヤンドゥー、ヤンザースイ)」
という声が聞こえてくることがある。「羊の胆、羊の腹、羊の内臓」という意味で、これらを香料とともに煮た料理を木の箱に入れて売り歩いているのだ。羊肉の苦手な方には悪夢かもしれないが、リズムも威勢も抑揚のつけ方もすばらしくて、「さあ、今日も頑張ろう」という気分になる。

 日本の普通の住宅地では、呼び売りといえば、竿竹屋かせいぜい豆腐屋くらいかもしれないが、北京の胡同ではまだ日本に比べて他業種、多品目の業者が行き来している。その中には、「冰糖葫蘆(ビンタンフールー!)」と声を上げながら、自転車でやってくるサンザシ飴売りや、「麻豆腐、焦圏、豆汁児(マードーフ、ジヤオチュアー、ドウジー)」などと触れ歩きながら北京名物の軽食を売りにくる人など、北京らしさを強く感じさせる、いわばその姿自体が「北京名物」ともいえる例もある。

 このほか、北京では、ごま油やごまペーストを売る行商人、換気扇の掃除屋、箒屋なども、声を張り上げながら通るし、さらに日常的なものとしては、廃品回収業者が三輪リヤカーに乗りながら叫ぶ「収廃品(廃品を回収しますよ!)」、新聞売りの「北京晩報!」などの声も、つい真似したくなるほど、リズムと声の通りがいい。「楽器」組もあり、包丁研ぎ屋などは、鉄の薄い板を何枚も束にしたもので、ジャラン、ジャランと響きの良い音を出して客寄せをしている。

 今でこそ減ったが、かつての北京では「楽器+声」のミックス型も人気があったようだ。これは店先の呼び込みだが、かつての北京の下町生活が生き生きと描写された拙訳の『乾隆帝の幻玉』(劉一達著)では、小さな鉄の椀を二つ重ね合わせて涼しい音を響かせながら、北京の夏のドリンク、「酸梅湯(スアンメイタン)」を売る人の描写がある。ちなみに同書では、端午の節句に、声を上げて供物用のサクランボを売り歩く子供の様子なども、表情豊かに綴られている。

 このように、解放前まで遡れば、呼び売りの声は、今より一層声色が豊富で、言葉にも工夫が凝らされていたらしい。もっとも、解放後の歴史や商業文化の変容などによって、現在、伝承者はごく少ないという。

 近年、こういった呼び売りの文化が無形文化遺産として再評価されるようになったためか、関連する書物やテレビ番組を目にするようになった。また、観光客相手の劇場などでも、呼び売りの様子を再現した演目が行われたりしている。
なかでもテレビでの人気は上々なのか、先日、相棒がたまたま什刹海付近の胡同で、呼び売り名人の特集番組の収録現場に行き合わせた。収録の対象である名人は、蔵鴻という「京城呼び売り大王」で、170種類以上の呼び売りの声が再現でき、北京一の声を誇っているという。

 実際、王文宝編著『吆喝と招幌』という本に付属しているVCDを鑑賞してみると、その豊富な表現は、一種の芸術であることに気づき、感動すら覚える。このVCDには、呼び売りの声の伝承者によるかつての声の再現が収録されているのだが、それらはある意味で、口承文学と音楽の結合といっても過言でない、独特の表現力を持っている。しかも書籍の方は、数字譜(簡譜)付きでかけ声のセリフの内容が記されており、たいへん参考になる。

 もちろん、人々の居住形態の変化、スーパーやコンビニ、ネットショッピングの発達など、昔の呼び売り文化を残すには困難な要素が、今の北京の社会には多過ぎる。だが、現代特有のものと思われがちな、聴覚に訴える広告文化や、品物が家まで届く商業形態が、実は解放前にも盛んだった、と気づくことは面白いし、人と品やサービスとのつながりを考える上で示唆に富んでいる。何が買い手を引き付けるのか、という問題を呼び売りの文化から考えてみれば、ひいては現代の商業文化にも面白い刺激となるのではないか。高齢化が進む今、自力で買い物に行くのが困難な高齢者は今後も増え続けるであろうし、スーパーで繰り返し流される録音より、人の美しい肉声にはっと心惹かれるのは、誰しも同じであるように思われるからだ。

 無形文化遺産という概念が呼び売りの声にまで及ぶことは確かに好ましいことだが、果たして単なる文化遺産としてそれらを丸ごと「保存・記録」するだけでいいのか。「呼び売りの効果をどうにか生かして俺も商売をやってみよう」という野心や意気込み、つまり、それまで呼び売りの声を生かし続けた「商人魂」こそが、遺産を本当の意味で継承し、発展させていくように思われてならない。