シリアへ向けて航行するクズネツォフ(TASS)

シリアへ向けて航行するクズネツォフ(TASS)

 アメリカ海軍とフランス海軍は今年4、5月の2カ月間にわたり、米ヴァージニア州沖で合同演習「チェサピーク・ミッション2018」を実施した。フランス唯一の空母シャルル・ド・ゴールの艦載機や乗組員が米原子力空母ジョージ・ブッシュに乗り込み、米軍の実弾を使用したり、フランス軍パイロットが米軍の早期警戒管制機を操縦し、米軍スタッフとともに飛行する演習まで行った。両海軍は2008年にも小規模の合同演習を行ったが、今回フランス側はラファール戦闘機12機とE-2C早期警戒管制機1機、パイロット27人、水兵350人と圧倒的規模の人員・装備を送り込み、両軍の統合的な実戦訓練を行うという画期的な試みとなった。

 空母シャルル・ド・ゴール(排水量40,600トン)は2001年に就役した原子力空母で、全長261.5メートル、最大幅64.36メートルの中規模艦。アメリカ以外で原子力空母を持つのはフランスだけだ。ニミッツ級米原子力空母と同じく、航空機を射出する長さ90メートルのアメリカ製C-14スチーム・カタパルトと、着艦時に飛行機を停止させるアレスティング・ギア・システムを備えているという共通性が、合同演習を可能にした。

 では、なぜ合同演習なのか。シャルル・ド・ゴールは「10年ごとに18カ月のオーバーホール実施を原則としており、現在はドックに入っている。フランス側の指揮官であるギュイローム・グーテ少将は「空母がドックに入っている間もパイロットや乗組員の能力レベルを維持するのが最大のねらいだ」とインタビューで語っている。フランスは原子力空母という金食い虫を採用したため、空母を一隻しか持てない中で苦しい運用を強いられているわけだ。

 ニューカレドニアやフレンチ・ポリネシアなど太平洋に海外領土と広大な排他的経済水域を持つフランスは「太平洋国家」を自任しており、2017年2月にはインド太平洋海域で「ミッション・ジャンヌ・ダルク」を実施、ヘリコプター35機を搭載する空母「ミストラル」とフリゲート艦「クールベ」を4カ月にわたり派遣した。ミストラルは佐世保港に寄港した後、中国をけん制する航行の自由作戦を実施しており、米仏の合同演習はこうした対中戦略の積み重ねの一環と位置付けられる。

 艦隊の実戦能力を維持するには、複数艦のローテーションによる整備を組み込む体制が前提となる。アメリカ海軍は現在「36カ月サイクル」、即ち16カ月をトレーニングとメンテナンス、7カ月を前線配備、残る13カ月は即応態勢を維持する期間に充てて運用している。マティス国防長官はロシアと中国を睨んだ大西洋、インド・西太平洋への空母攻撃群のプレゼンス強化のため、前線配備期間をさらに3カ月増やして10カ月とする運用を提案している。

米空母ジョージ・ブッシュに着艦するラファール戦闘機(米海軍)

米空母ジョージ・ブッシュに着艦するラファール戦闘機(米海軍)

 空母は一国の海軍力の象徴だが、1隻だけの空母で難渋している国がもう一つある。ロシアだ。旧ソ連は崩壊直前に2隻の空母建造に着手した。完成したのが現在のアドミラル・クズネツォフ(排水量59,100トン)で、全長260メートル、最大幅72メートル。前方にスロープ状の発射台を供えたスキージャンプ方式を特徴とする。姉妹艦のヴァリャーグはソ連崩壊で建造が放棄され、ウクライナの港でスクラップ同然に放置されているのを中国が取得し、手を加えて同国初の空母「遼寧号」に仕立て直した。

 クズネツォフは1990年に就役し、ムルマンスクに司令部を置く北方艦隊に所属した。ソ連海軍は伝統的に空母を核ミサイル潜水艦の護衛艦として位置付けていたため、予算も十分ではなく、エンジントラブルが多発して、やっとのことで船籍を維持しているような状態だった。

 同艦に事実上の桧舞台を用意したのは中東・シリアの内戦だ。プーチン大統領はアサド政権を支援して中東におけるロシアの存在感を見せつけるべく、2016年10月、クズネツォフをシリア沖に向かわせた。プーチン大統領は、初めて空母でアメリカの向こうを張った高揚感に浸ったことだろう。ロシア軍は昨年、同艦からの戦闘機の攻撃は、夜間を含め420ソーテイーで、テロリストの施設1,000カ所以上を破壊したと明らかにしている。しかし、ロシア海軍史上初の空母機動作戦は、輝かしい戦果を残したとはとても言えなかった。艦載機ミグ29K戦闘機が着艦しようとして甲板に激突、スホイSu-33戦闘機はアレスティング・ケーブルの破損でオーバーランして海に沈んだのだ。2機を失った技術上のトラブルばかりでなく、艦内のトイレが使用できなかったという信じられないトラブルも報じられている。

 何よりもこの作戦は、特別任務遂行のため臨時に編成された艦隊で実施されており、帰港後、艦載機はそれぞれの所属隊に帰還し、クズネツォフは修理と整備のため3年間の予定でドックに入った。整備費用は約7億ドルに上る、と国営タス通信は伝えている。同艦の復帰は2021年とも2022年とも言われている。つまり、実戦で培ったパイロットや離着艦技術要員の経験は、3年間もの空白があると、仮に復帰しても一から習得し直さなければならないのではないかと想像される。軍事情報紙の中には、中国の遼寧号で訓練を続行できないかという観測も出ているが、遼寧号ではロシアのスホイSu-33戦闘機をモデルにした艦載機J-15が重大事故を起こして後継機探しが急務となっているようだし、遼寧号自身も夜間発着設備がないという根本的欠陥が明るみに出て、ロシア国営メディア・スプートニクによるとこちらもドックでオーバーホール中。助っ人などとてもあり得ない話だろう。

 この間、ロシアではアメリカの原子力空母「ジェラルド・フォード」と同様に、電磁誘導カタパルトを供えた排水量10万トン級大型原子力空母の建造構想、日本の海自艦「いずも」やフランスのミストラルのようなヘリコプター搭載空母建造構想、ソ連時代に空母に搭載された垂直離着陸戦闘機ヤク‐38の後継機開発構想(ヘリ空母と同じタイプの空母に用いる)などが次々に浮上している。これらの構想の底流には「クズネツォフと既存艦載機の組み合わせでは使い物にならないのではないか」との暗黙の合意があるように思えてならない。

 今年3月1日、プーチン大統領は年次教書演説で「ソ連崩壊によって領土の23.8%、人口の48.5%、国民総生産の41%、工業潜在力の39.4%を失ったが、ロシアは巨大な核大国であり続ける」と豪語し、新兵器の映像を流して世界を“恫喝”した。3月18日の大統領選に向けた景気づけの色が濃いが、国内的には効果は絶大だったようだ。

 確かにロシアは巨大な核大国だ。しかし、今のロシアにソ連の残照を見てはならない。2017年のロシアの名目GDP(国内総生産)は1兆5274億6900万ドル(IMF=国際通貨基金調べ)で世界第12位。お隣の韓国より1ランク下である。タス通信が引用したストックホルム平和研究所のデータによると、ロシアの2018年軍事予算は1998年以来初めて減少に転じ、前年の20%減の663億ドル、世界第4位となっている、国民の実質所得も2014年から4年連続減少し、年金支給開始年齢を段階的に引き上げる年金改革構想ではプーチン政権への批判が沸騰した。国防を支える経済がこのありさまでは、クズネツォフが復帰しても以前よりパワーを増すとは想像しにくいし、何よりも潜水艦重視のロシアが新型空母建造に予算をシフトするとは想像しにくい。ロシアの航空機産業の実力からして、垂直離着陸戦闘機ヤク‐38の後継戦闘機開発なら実現の見込みがあるかもしれないが。

 ロシア唯一の空母クズネツォフは黄昏に包まれているのである。