中国の反外国主義とナショナリズム

中国の反外国主義とナショナリズム──アヘン戦争から朝鮮戦争まで

発行日/2015年04月12日
著/佐藤公彦
発行/集広舎
A5判/上製/2段組/381頁
定価/3,600円+税

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近代以降の一貫した行動様式

日経新聞(2015年06月14日)防衛大学校長 国分良成

日経新聞2015年06月14日

 「近現代日本の最大の躓きの石は『中国』であった」。本書はこの刺激的な一文で始まる。ここに著者の問題意識と結論が凝縮されている。著者は、日中関係が今日ここまでこじれている理由が中国人の一貫した行動様式にあり、それは他民族や他国家を蔑視排斥する「反外国主義」の感情にあるという。
 近代以降における中国のナショナリズムも共産主義も、反外国主義の感情を母体に生まれたという。著者はこうした観点に立って、アヘン戦争から朝鮮戦争までの中国近現代史に通底する反外国主義の意識と行動を、キリスト教排斥(教案)の歴史を中心に跡付けている。
 清朝に対する西洋の衝撃となった19世紀半ばのアヘン戦争は、近代における反外国主義の始まりであった。林則徐は儒教原理に基づく道徳的正義感からイギリスを非文明国扱いし、国内では海外とつるむ官憲や商人らを侮蔑して「漢奸」と呼び、激しく糾弾した。
 こうした反外国主義の意識は、その後の太平天国の乱の中でキリスト教に対する反感として中国社会に深く沈殿した。太平軍はキリスト教を唱えながら海外宣教師によるカトリック布教を妨害し、清朝政府と土着の旧勢力も太平軍を儒教原理に対する脅威として弾圧した(南昌教案)。一八七〇年の天津教案も、風評からフランス領事や宣教師らが暴徒によって殺害された事件であった。
 一九〇〇年に発生した義和団事変は、没落しつつあった清朝が極端な排外主義の義和団を利用して外国勢力を駆逐しようとした事件であった。この敗北により反外国主義を支えた儒教原理も挫折したが、反外国主義の意識はその後も命脈を保った。
 清朝を打倒した辛亥革命は、満洲王朝という異民族支配に対する反感がその基底にあった(反韃子主義)。その後の中華民国期にはアメリカ人宣教師を中心に布教が進んだが、やがて国家主義者も共産主義者も反キリスト教で一致した。また中華人民共和国建国直後、共産党は朝鮮戦争時の「抗米援朝」運動に合わせてキリスト教徒を弾圧し、他方で翼賛的なキリスト教団体を組織した。
 本書は、中国共産党の公式史観や日本の戦後歴史学に対する批判精神で溢れている。主張は明快であり、面白い。ただ著者の問題意識の起点となった昨今の「反日」が、反外国主義の歴史とどうつながっているのかについての議論は十分に展開されていない。続編の刊行を期待したいところである。